
赤字の会社に、日本一のトヨタ自動車の6倍を超える値段がつく。そんな出来事が、いま現実に起きようとしています。宇宙開発のスペースXが、調達額12兆円という史上最大の規模で株式市場にデビューし、その評価額は283兆円に達する見通しです。ところが会社の中身を見ると、本業のはずのロケットは売上の2割にすぎず、しかも全体では赤字。それなのに、なぜ世界一の値段がつくのでしょうか。その謎を解くカギは、「計算できる未来」という、資本主義のいちばん深い原理にありました。世界最大のIPOが映し出す資本主義の本質について、リサーチャーのcomugiが解説します。
(TBS Podcast『コムギコ:資本主義をハックしろ!!』2026年6月8日配信『スペースXと宇宙ビジネス:イーロン・マスクが火星を目指す理由』より)
赤字の会社に、トヨタの6倍の値段がつく
スペースXが、史上最大のIPO(新規株式公開)でデビューしようとしています。IPOとは、会社が証券取引所に上場して、誰でも株を売り買いできるようにすることです。
まず注目すべきは、その規模です。今回スペースXが市場から集めるお金は、約12兆円。これまでの最高記録は、2019年にサウジアラビアの石油会社サウジアラムコが上場したときの4兆円あまりでしたから、それを軽々と超える、文字どおりの史上最大です。
そして上場した時点での会社全体の値段、つまり時価総額は、約283兆円に達する見通しです。日本でいちばん時価総額が大きいトヨタ自動車でおよそ45兆円ですから、その6倍以上。アメリカの株式市場でも7番目に大きい会社が、いきなり誕生することになります。
ところが、ここで一つ、引っかかることがあります。これほどの値段がつく会社なのに、その稼ぎの中身は、意外なほど地味なのです。
中身は「ロケット会社」ではなく「通信会社」
スペースXは、いったい何で稼いでいるのでしょうか。
稼ぎ頭は、ロケットではありません。衛星インターネットの「スターリンク」です。地球の周りを回る人工衛星から、直接インターネットの電波を届けるサービスで、これが売上の約6割を占めています。一方、本業のはずのロケット、宇宙事業は売上の2割ほど。残りの2割は、アメリカ政府からの収入です。つまり中身は、「ロケットの会社」というより「通信の会社」になっているのです。
しかも、その通信サービスの規模も、世界を相手にしているわりには、まだ小さい。スターリンクの加入者数は約1030万件です。これは、日本の携帯電話でいうと、4番手の楽天モバイルとだいたい同じくらいです。ちなみに国内首位のNTTドコモは約9200万件ですから、その差は歴然です。
さらに驚くのが、会社全体で見ると、スペースXはいま赤字だということです。2025年の最終損益は、8000億円近い赤字でした。黒字を出しているのは、実はスターリンクだけで、ロケット事業も、AI事業も赤字なのです。
会社としては赤字。通信の契約数も楽天モバイル並み。それなのに、時価総額はトヨタの6倍。この大きな食い違いは、いったいどこから来るのでしょうか。
投資家が買っているのは「未来のスペースX」
ここに、資本主義のいちばん大事な原理が隠れています。
カギを握るのは、スターリンクが持つ「毎月、安定して入ってくるお金」です。通信サービスは、契約者が毎月決まった料金を払ってくれます。つまり、来月も再来月も、そして来年も、どれくらいの売上になるかが、かなり正確に読めるのです。
投資家というのは、「これから、いくら儲かるか」が読める相手にこそ、安心して大きなお金を出せます。逆に、未来がまったく予測できない相手には、なかなかお金は集まりません。スペースXは、スターリンクという「計算できる未来」を手に入れました。だからこそ、その何倍、何十倍もの大きな夢に、お金を引っ張ってこられるのです。
283兆円という値段は、いまのスペースXの実力に対して払われているのではありません。投資家は、「未来のスペースX」に、まとめてお金を張っているのです。赤字でも、契約数がまだ少なくても、その先に計算できる成長が見えているなら、値段は伸びていく。これが、株式市場の論理です。
孫正義氏のソフトバンクと同じ構造
この構造、どこかで見たことがあると思った方もいるかもしれません。かつての、孫正義さん率いるソフトバンクです。
ソフトバンクも、もともとは携帯電話の通信事業を持っていました。毎月みんなが払ってくれる、安定した通信料です。その読める収入があったからこそ、投資家たちから「もっと大きな夢に使うお金」を、次々と引っ張ってくることができました。安定した収入を土台に、その上に大きな投資を積み上げていく。スペースXがやろうとしていることは、まさにこれと同じです。
似た例は、ほかにもあります。ここ10年ほど、世界中の投資家から巨額のお金を集めてきた「SaaS(サース)」と呼ばれるビジネスです。ソフトウェアを買い切りではなく、毎月の月額課金(サブスク)で使ってもらうやり方で、毎月決まった額が入ってくるため、将来の売上が正確に読めます。「未来が計算できる」というだけで、これほどの価値がつく。資本主義の世界では、それくらい「読める未来」の値打ちが高いのです。
AIと宇宙データセンターという「夢」を上に乗せる
では、スターリンクという土台の上に、スペースXは何を乗せようとしているのでしょうか。
一つは、AIです。実はいま、私たちが使っているX(旧ツイッター)も、マスク氏のAI企業「xAI」を通じて、スペースXの一部になっています。さらにスペースXは、AIで有名なアンソロピックやグーグルに対し、AIを動かすための計算資源を提供してもいます。その額は、アンソロピックとは毎月約2000億円、グーグルとは毎月約1500億円という、桁外れの規模です。
加えて、「宇宙データセンター」という構想まであります。AIのサーバーを積んだ衛星を打ち上げ、宇宙空間で計算そのものをやってしまおうという発想です。地上のデータセンターは膨大な電気と水を使い、各地で住民の反発も起きていますが、宇宙なら太陽の光が24時間タダで降りそそぎます。マスク氏は「今後2~3年で、AIのデータセンターは宇宙に置くのがいちばん安くなる」とまで語っています。
投資家は、こうした「これから」に期待を寄せています。ゴールドマン・サックスは、スペースXのAI事業の売上が、2025年の約5000億円から、2030年にはその100倍の50兆円規模にまで伸びる、という強気の予想すら出しています。赤字のはずの事業に、これだけの値段がつく。やはり投資家は、いまではなく「未来のスペースX」を買っているのです。
資本主義は「計算できる未来」に値段をつける
こうした超大型の上場は、市場全体からお金を吸い上げる力を持っています。
興味深いことに、いまビットコインなどの暗号資産の値段が大きく下がっています。ビットコインは6月のはじめに、約1年8か月ぶりに6万ドルを割り込みました。その理由の一つが、「スペースXのIPOにお金を回すために、投資家が手持ちのビットコインを売っているからだ」とも言われているのです。みんなが一つの株を買うために、ほかの資産を売る。お金が一か所にどっと流れ込むことで、相場にゆがみが生まれる。まさに、資本主義のダイナミズムがここにあります。
結局のところ、スペースXの283兆円という話は、つきつめれば「未来に、どう値段をつけるか」という一点に行き着きます。安定して読める収入という土台があるからこそ、人はその先の壮大な夢に、惜しみなくお金を賭けられます。赤字かどうかでも、いまの契約数でもなく、「この先の未来が、どれだけ計算できるか」。そこにこそ、いちばん高い値段がつくのです。
私たちがいま見ているのは、一つの会社の上場劇ではありません。資本主義が何にお金を払うのか、その本質が映し出された出来事なのだと思います。
<コムギコ:資本主義をハックしろ!!>
毎日ニュースを100本を読むビジネス系VTuber兼リサーチャー・編集者のコムギ(comugi)が、日々の経済にまつわるニュースを解説するビデオポッドキャスト。本記事は2026年6月8日配信『スペースXと宇宙ビジネス:イーロン・マスクが火星を目指す理由』から抜粋してまとめたものです。
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