
日本の男性の育児休暇取得率は、ここ10年ほどで急速に伸びている。働き方改革関連の制度改正、コロナ禍でのテレワーク普及に加え、育児と仕事の両立をしやすい環境が整備されてきたことが要因の1つだろう。幼児教育・保育の無償化や配偶者手当の見直しなど、働く女性への支援も年々増えており、男女ともに子育てしやすい社会が確立されてきているように見受けられる。
【写真を見る】育児や介護に専念する人が置き去りにならない社会へ――ドラマ『対岸の家事』に取材協力する厚労省官僚が語る「働き方改革」の現在地
しかし、社会を支える家庭で働く人々への支援はどうだろうか。専業主婦(夫)向けの施策はないに等しく、孤立が進んでいるという指摘もある。
『対岸の家事~これが、私の生きる道!~』(TBS系)に監修協力した内閣人事局 調査官の石田勝士氏は厚生労働省で働いてきた官僚であり、男性官僚が育休を取ることが当たり前になるまでの転換期を現場で見てきた1人だ。女性活躍推進に携わってきた石田氏は男性の育休取得率向上や働き手の支援充実に一定の成果を感じる一方、社会に取り残されている存在を危惧している。
男性官僚の育休取得のリアル、専業主婦(夫)支援の不足、そして人手不足と女性活躍推進が抱えるジレンマについて、石田氏の言葉から現状と課題を浮き彫りにする。
トップダウンで動き出した官僚の育休取得
石田氏が監修に協力した本作では、ディーン・フジオカ演じる厚生労働省の官僚・中谷達也が2年間の育休を取得する。業務が多岐にわたる同省の実態はドラマと乖離があるのかと思いきや、「実はとても取得しやすい雰囲気があり、私の周りの男性職員も希望者のほぼ全員が育児休業を取得しています」と石田氏。しかし、もともとの取得率は決して高くなく、ある時を境に急激に伸びていったという。
大きな転換点となったのが「イクボス宣言」だ。「イクボス」とは、部下や同僚等の育児や介護・ワークライフバランス等に配慮・理解のある上司のことを指す。厚生労働省では平成29年(2017年)に大臣が宣言したことを皮切りに、管理職クラスも後に続き、人事評価の目標の1つにも明記されたという。「当時、子どもが生まれる職員と上司を呼び大臣が直接『育休を取らせてやってくれ』と切り出したことが始まりでした。取得率が半分を超えると徐々に『当たり前』になり、係を越えて、課全体で協力する体制を組む。人事課も業務が継続できる体制が組めるように配慮してくれました。全体の協力体制を、人事課をはじめ省として、課や係という小さな単位でも整えていったことは旗振り役としての大きな一歩だったと思います」と石田氏は振り返る。
だが、育休の取得体制が整ったからといって業務量が減るわけではない。官僚の業務内容は多岐にわたる。日夜、国会質疑のための答弁案の作成や法律案を作るなどの国会業務が次々と降ってくる。「予算案を組むことや制度で見直すところがないか点検することも私たち官僚の仕事です…と説明すると『どういうこと?』と余計に混乱されることが多いです。“霞が関界隈あるある”は浮世離れしている部分があるんでしょうね」と石田氏。
育休取得と並行して働き方改革を推進する中で、変化が生まれたのが新型コロナウイルスの感染拡大だった。かつてはどこの省庁もテレワークが進んでいなかったが、今では、多くの省庁でテレワークができる環境が整ってきているという。「出社せずともできる業務の切り出しが行われ、出社が当たり前だった社会から変わりました。テレワークが使えると、子育て世帯は働きやすいですよね。活用が難しい職種もありますが、こういった変化はコロナ禍が進めた側面なのかなと感じます」
コロナ禍でのテレワーク普及やトップダウンで育休が取得しやすい雰囲気を醸成できたという成果があった一方、石田氏が懸念し続けているのが専業主婦(夫)の存在だ。
進む女性の就業支援、専業主婦は置き去り?
「イクボス宣言」当時、女性活躍担当業務に従事していた石田氏。女性活躍推進法や待機児童解消など働く女性への支援が充実する一方、専業主婦(夫)向けの具体的な施策がほぼないことを長年課題に感じている。
「今の制度下では専業主婦(夫)が肩身の狭い思いをされているのではないかと感じることがあります。働く女性に仕事との両立という悩みがあるように、専業主婦(夫)にも子どもと向き合う時間が長すぎたり、高い水準の家事や育児を求められたりと多くの悩みがある。女性の就業促進を行ってきた国策の裏返しとして、専業主婦(夫)の人が疎外感を抱いてしまうような状態は問題です」
本作の主人公である村上詩穂(多部未華子)をはじめ、専業主婦(夫)を選択する理由はさまざまだが、その多くは「パートナーの仕事が忙しく、片方が家事・育児を担わざるを得ない」というものだ。
「労働力確保の観点から、国は働く女性を増やす施策に舵を切ってきました。しかし、専業主婦(夫)も日本社会を支える大きな担い手であるということを忘れず、行政として必要な支援をアウトリーチしていかなければいけないと思っています」
パンク寸前のワンオペ育児 働きやすさが生む悩み
働く女性への制度が充実していることにはメリットがある反面、新たな悩みの種にもなっている。かつて祖父母との同居が一般的だった時代は家事や育児を分担できる環境があった。しかし、核家族化が進む現代、「育児・家事を全てやらなければいけない中で、さらに働いてパンクする女性」の存在を石田氏は指摘する。本作で江口のりこが演じる長野礼子がこの例にあたるだろう。営業部でバリバリ働いていた長野だが、育休明けに総務部へ異動に。夫も多忙で夜遅くまで働いているため、育児はほぼワンオペ状態だ。
石田氏によると、アメリカやヨーロッパの有給休暇取得率100%に対し、日本は半分ほどしか取れていないというデータもある。「女性が働きやすい職場は、実はみんなが働きやすい職場。特定の人だけが恩恵を受けるのではなく、男女ともに子どもがいる人もいない人にも風通しの良い職場づくりができるよう働き方改革を進めてきました」と前置きしつつ、有益な情報があまり浸透していないことや行政の目が届いていない部分があることが課題だと話す。
知ることが国を動かすきっかけに
働く女性と育児の関係性に向き合い続けてきた石田氏だからこそ原作に共感したといい、本作は「国を動かす1つのきっかけになるかもしれない」と期待を寄せている。
4月から施行された「改正育児介護休業法」。子の看護休暇や残業免除の対象範囲拡大、介護離職を防ぐための雇用環境整備など、より柔軟な働き方を実現するための措置が盛り込まれている。石田氏はこうした制度改正を多くの人に知ってもらうために、国として周知活動を進めていく必要があると話す。
「育児や家事、介護は誰でもどこかで経験することだと思います。今回ドラマで取り上げられることは国民の皆さんに認識してもらう良い機会になるのではないでしょうか。関心が向くことでより良い社会につながっていくのではないかと期待しています」
近年は人手不足の影響もあり「働きやすさ」に重点を置いた制度改革が進んでいる。しかし、その背景には家庭という社会を支える存在がいることを忘れてはならない。「厚労省にはディーンさんみたいなイケメンはいませんが」と笑いながらも、官僚として育児や働き方に携わってきた石田氏の言葉には誰一人“対岸”に取り残さない社会づくりへの思いがにじんでいた。育児も家事も、「誰かがやるべきもの」ではなく、「社会全体で支えるもの」――この意識が広がることこそ、今、最も求められていることなのかもしれない。
・スマホのバッテリーを長持ちさせるコツは?意外と知らない“スマホ充電の落とし穴”を専門家が解説【ひるおび】
・「パクされて自撮りを…」少年が初めて明かした「子どもキャンプの性被害」 審議進む日本版DBS “性暴力は許さない”姿勢や対策“見える化”し共有を【news23】
・「水道水がおいしい都道府県」全国1位は?“蛇口からミネラルウォーター”の地域も【ひるおび】