「ひふみん」の愛称でテレビのバラエティー番組でも活躍した棋士の加藤一二三さんが、22日、肺炎のため死去したことを所属事務所が発表しました。
【写真を見る】【訃報】加藤一二三さん(86)死去 肺炎のため
発表文では「令和 8 年 1 月 22 日(木)午前3時 15 分、都内病院にて肺炎のため 86 歳にて永眠いたしました。ここに謹んでご報告申し上げます。」と報告。
続けて「生前は、皆様より格別のご厚情とご支援を賜り、深く感謝申し上げます。
故人が生前に賜りましたご厚誼に対し、あらためて心より御礼申し上げますととも
に、ここに謹んで哀悼の意を表します。」としています。
【加藤一二三さん 略歴】
◇ 生年月日 1940 年 1 月 1 日(86 歳) 福岡県嘉麻市出身
◇ 段位
1951 年 8 月 3 級で剣持松二九段門下
1952 年 初段
1954 年 8 月 1 日 四段 当時は歴代最年少(14 歳7カ月)
1955 年 4 月 1 日 五段 順位戦 C 級 1 組昇級
1956 年 4 月 1 日 六段 順位戦 B 級 2 組昇級
1957 年 4 月 1 日 七段 順位戦 B 級 1 組昇級
1958 年 4 月 1 日 八段 順位戦 A 級昇級
1973 年 11 月 3 日 九段 九段昇格規定 30 点
2017 年 6 月 20 日 引退 フリークラス規定により
2026 年 1 月 22 日 死去(享年 86 歳)
◇ タイトル
1960 年 第 19 期 「名人戦」でタイトル初挑戦、大山に 1-4 で敗退(20 歳)
1969 年 第7期 「十段戦」で大山を 4-3 で破り、初タイトル獲得(29 歳)
1982 年 第 40 期 「名人戦」で千日手、持将棋を含め全 10 局の熱戦の末、中原を 4-3 で破り、名人獲得(42 歳)
※タイトル戦登場は 24 回、獲得は名人1・十段 3・王位 1・棋王 2・王将 1 の合計 8 期
◇ 棋戦 「NHK杯戦」優勝 7 回他 棋戦優勝合計 23 回
◇ 通算記録
2505 戦 1324 勝 1180 敗 勝率 0.529(持将棋 1 を含む)
1989 年 8 月 21 日 1000 勝達成(特別将棋栄誉賞)
2001 年 2 月 14 日 1200 勝達成(大山・中原に次ぐ 3 人目)
2007 年 8 月 22 日 1000 敗となる。(将棋界・囲碁界初)
2011 年 11 月 1 日 1300 勝達成(大山・中原に次ぐ 3 人目)
2012 年7月 26 日 1308 勝達成(通算勝星が歴代 2 位タイに)
※現在は大山、羽生に続き歴代 3 位
2013 年 2 月 15 日 1309 勝達成(通算勝星が歴代単独 2 位に)
※現在は大山、羽生に続き歴代 3 位
2017 年 1 月 12 日 77 歳 0 カ月で史上最高齢の現役棋士に
2017 年 1 月 20 日 第 88 期棋聖戦 2 次予選で飯島七段に勝ち、77 歳 0 カ月で史上最高齢勝利者に
2017 年 6 月 20 日引退
◇ 竜王戦在位 ランキング戦 1 組 4 期
◇ A 級在位 通算 36 期
◇ 将棋大賞
第 9 回「最優秀棋士賞」受賞
他に「最多勝利賞」「最多対局賞」「連勝賞」「殊勲賞」「技能賞」「特別賞」「升田幸三賞特別賞」「東京将棋記者会
賞」を受賞
第 44 回 「特別賞」(初)受賞
◇ 表彰
1986 年 ローマ法王ヨハネ・パウロ2世より「聖シルベストロ騎士勲章」受章 1989 年 「特別将棋栄誉賞」受賞
2000 年 「紫綬褒章」を受章
2003 年 現役勤続 50 年の表彰
2018 年 春の叙勲 「旭日小綬章」受章
◇ 趣味 読書
◇ 歴代記録
初手合い 1954 年 9 月 3 日 順位戦 対市川伸四段(のち五段。退会)戦(勝ち)
タイトル獲得数 8 期(9 位) 棋戦優勝 23 回(4 位)
通算対局数(1 位) 通算勝星(3 位) A級在位通算 36 期(2 位)
四段昇段 1954 年 8 月1日 →14 歳 7 カ月(年少記録 2 位)
A級八段 18 歳(四段より毎年昇段)最年少記録
◇ 著書
「加藤の振り飛車破り決定版」(日本将棋連盟)
「一二三の玉手箱」(マイナビ)
「将棋名人血風録」(角川書店)
他多数
【担当:芸能情報ステーション】
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