E START

E START トップページ > エンタメ > ニュース > 【倉本聰さん死去】さだまさしさん 訃報受け追悼「侠気の人。大恩人でした。」「さようならは言いません。先生またね。」

【倉本聰さん死去】さだまさしさん 訃報受け追悼「侠気の人。大恩人でした。」「さようならは言いません。先生またね。」

エンタメ
2026-09-28 14:00

ドラマ『北の国から』などを手がけた脚本家の倉本聰さんが、多臓器不全のため亡くなったことが9月28日、公式サイトで発表されました。91歳でした。


【写真を見る】【倉本聰さん死去】さだまさしさん 訃報受け追悼「侠気の人。大恩人でした。」「さようならは言いません。先生またね。」





訃報を受けて、ドラマ『北の国から』の音楽を担当したシンガー・ソングライターのさだまさしさんが、自身のインスタグラムを更新。倉本さんを追悼するコメントを綴りました。


 





▽▽ さだまさしさん コメント全文 ▽▽

せっかちで頑固で喧嘩っ早い倉本先生。
大好きな紅葉も落葉も雪も待てずに秋の香りのする日に、ぷいっといなくなりました。
一途で不器用で芸に厳しい倉本先生。
歴史に残る名作『北の国から』の音楽を、若造の僕を信用して、ぽいっと全部任せて下さった侠気の人。大恩人でした。
最後にお目に掛かったのは「北の国から」放送開始45周年を祝った先月、八月九日の富良野演劇工場のステージでした。
今思えば先生登場の時のこと。
《暗転~照明濃度まで計算し尽くして、浮き上がるように現れ~五郎さんの『遺言』を朗読~ふわりと暗転してあっという間に舞台から去る》という、あのストイックな演出。
今思えばあれが我々への格好良すぎる遺言でした。
教わったことが沢山あります。
叱られたことも一杯あります。
褒められたのはたった三つ。
「はかぼんさん」という小説と、わざわざ詩島まで来て、子どものようにはしゃいで羨ましそうに褒めてくださったあの時。
あと一つはNHK紅白歌合戦で「北の国から」を歌った時でした。
よほどNHKとの大喧嘩が胸に残っていたのでしょう。
「良くNHKが許してくれたなあ。でかした!!」と嬉しそうでした。
まるで僕が先生の仇を討ったみたいでしたけど、あれ、NHKからのリクエストだったんですよ(笑)
「北の国から」を500話まで書いてくださいとお願いしていたのに、書いてくれたのかな?
詩島が気に入ったら島に籠もって「西の国から」を書いてともお願いしたのに書いてくれたのかな?
もう少し仕事でご一緒したかったです。
さようならは言いません。
 先生またね。

 さだまさし

△△△ 以上 △△△


 





【担当:芸能情報ステーション】


・40代から増加「脳梗塞」の初期症状は?「倒れてからじゃ遅い」早期発見のカギ「BE FAST」とは【ひるおび】
・「ママ、あいたい。ごめんね」16歳少女が衰弱死 体重は19kgに… “違法捜査”で自白強要か それでも訴え続けた無実【報道特集】
・お腹をすかせた中学生3人…通りかかった食堂で「PayPay使えますか?」「ごめんなさい、現金だけなんです」その後の展開は…SNS投稿に大反響のワケ「こういう出会いって宝物」「読んでて涙出た」


情報提供元:TBS NEWS DIG Powered by JNN

ページの先頭へ