パリオリンピック™代表入りを逃した有力選手たちの、魂を込めた走りに注目したい。
女子駅伝日本一を決めるクイーンズ駅伝が11月24日、宮城県松島町をスタートし、仙台市にフィニッシュする6区間42.195kmのコースに24チームが参加して行われる。
エディオンの細田あい(28)、ダイハツの松田瑞生(29)はパリ五輪マラソン代表有力候補だったが、その座を逃してしまった。しかし細田は9月のベルリン・マラソンで、2時間20分31秒の日本歴代7位の快走。松田もベルリンで2時間20分42秒と日本歴代8位をマークした。パリ五輪代表を逃した2人は、どのようなプロセスを経て復活しようとしているのだろうか。
細田はパリ五輪マラソン“補欠”としてケガをしない取り組みが結果に
パリ五輪マラソン(8月11日)補欠だった細田あいは9月29日のベルリン・マラソンで5位、2時間20分31秒の日本歴代7位と快走した。
「来年の東京世界陸上標準記録(2時間23分30秒)を破っておけば、3月に出場する選考レースは勝負に徹することができます。それもあって自己記録(2時間21分42秒)更新が最低限と思っていました。パリ五輪の補欠としてやってきたマラソン練習の成果は、出せたと思います」
昨年9月のMGC(マラソン・グランドチャンピオンシップ。パリ五輪代表枠3のうち2人が決定)の結果、優勝した鈴木優花(25、第一生命グループ)と2位の一山麻緒(27、資生堂)の代表入りが決定。3人目の代表を決めるMGCファイナルチャレンジの大阪国際女子マラソンで、2時間18分59秒の日本新を出した前田穂南(28、天満屋)の3人がパリ五輪代表に決まった。
細田はファイナルチャレンジの名古屋ウィメンズで、前田の記録を超えれば代表入りができた。だが故障のために欠場。それでもMGCで4位だったためパリ五輪補欠となっていた。名古屋欠場以降、精神的にも苦しい半年間を過ごしたが、故障をする原因を見直したことがベルリンの結果につながった。
「補欠は一番ケガをしてはいけない存在ですし、ケガをしないで練習を積めたら今後に生かせることになります」
ケガが多かった昨年の動画を見ると、親指が地面に着かずに浮いていて、外側に重心が傾いていた。右の背中や胸椎を上手く使わず、左側主導で体を動かしていたことでフォームがゆみ、体の左側にケガが多く発生した。胸椎の可動域を広げるトレーニングを行い、左右のバランスのとれたフォームに変えてきている。それが「補欠としてやってきたマラソン練習」でもあった。
日体大を卒業し、実業団1年目の18年からクイーンズ駅伝は以下の成績を残してきた。
18年:2区区間5位(チーム3位)
19年:5区区間2位(チーム2位)
20年:3区区間17位(チーム9位)
20年までダイハツ、21年からエディオン
21年:5区区間4位(チーム11位)
22年:5区区間2位(チーム4位)
23年:6区区間2位(チーム10位)
昨年はMGCの6週間後、22年はロンドン・マラソンの8週間後のクイーンズ駅伝出場だった。やはり5区の選手が好走すると、チームの順位も良くなる確率は高い。
「19年はケガもなく良い状態で走りましたが、21年はケガで夏に練習を積むことができず、10月頭か中旬から練習を再開して出場しました。22年は練習はできていましたが、大会10日前にちょっとケガをして3日前まで走れませんでした。今回もベルリンを自己記録で走り体へのダメージは大きかったので、なかなか駅伝に向けての練習が始められませんでしたね。(6区に回った)昨年よりは明らかに練習できていますが、一昨年と比べてどうなのかはわかりません。それでもマラソンで作ったベースをしっかり生かすことができたら、それなりに走れるのかな、と思っています」
前回10位のエディオンは、細田が出場しなかった予選会のプリンセス駅伝は3位。1区の水本佳菜(19)と2区の名和夏乃子(19)でトップに立ち、エース区間の3区では矢田みくに(25)が区間賞と快走した。細田が5区に入れば8位(クイーンズエイト)に戻るだけでなく、一昨年の4位以上の成績も期待できる。
腹筋女王の松田が「殿筋の強化」で復活
松田も復活の舞台は細田と同じベルリン・マラソンだった。2時間20分42秒の日本歴代8位。22年大阪国際女子マラソン優勝(2時間20分52秒の自己記録)以降、会心の走りができなかったためか、ベルリンを振り返る松田の声が弾んでいた。
「アメリカ合宿で故障なく1400kmを走り込むことができました。今年1月の大阪国際女子マラソン(2時間23分07秒で3位)に向けては少し量を落として質を上げましたが、今回は量だけでなく質も含めて、これまでのマラソン練習でベストスリーに入る内容でした。高橋尚子さんから何か1つ、折れない部分を持った方が良いと言われて、私はやっぱり距離がベースになる、と思いました」
パリ五輪代表入りは、今年1月の大阪の結果でなくなった。高校の後輩の前田穂南(28、天満屋)が2時間18分59秒の日本新記録で2位、代表3枠目を決めた大会である。松田はしばらくチームを離れて進退を考えた。
しかし山中美和子監督の「陸上競技が楽しいと思ってやめてほしい」という言葉が、松田の中にあった“やめたくない気持ち”を大きくした。「そこから再スタートしました」(松田)。
目標としてきたパリ五輪出場を逃し、「すべてなくなった」と思って、自分の知識や経験をゼロにした気持ちを作った。トラックレースには近年あまり出ていなかったが、6月の日本選手権に出場する選手たちと練習を一緒に行い、「こういうところも学べる」と些細な気づきが新鮮だった。忘れていた「自分の原点」も思い出したという。
マラソン練習で走る距離など、自分の武器とできる部分は突き詰めたが、まっさらな気持ちで自分を見つめ直し、ケガを避けるための新しい練習方法も見つけることができた。
「これまで(補強は)腹筋ばかりやっていましたが、腹筋の練習を減らしてお尻(殿筋)の練習を増やしました。(厚底シューズの影響で)どんどん上に弾んでフィットしない部分がありましたが、前に乗り込んでいく走りができるようになりました。今は練習の走りが良くても悪くても、毎日が楽しいと感じながら練習しています」
クイーンズ駅伝は20年以降1区と5区を、交互に走ってきた。20年1区区間4位、21年5区区間3位、22年1区区間5位、23年5区区間3位。
「来年のマラソンにつなげるため、(1km)3分15秒イーブンでは走りたいと思っています。そのペースでどれだけ余裕を持てるか、最後に上げられるか」
どの選手も自分の競技生活全体の一部として駅伝に出場している。実業団選手として駅伝で結果も求められるが、駅伝の走りを競技生活の次の段階につなげていく。松田は次のマラソンで来年の東京世界陸上代表入りを決めるつもりだ。
「世界陸上はオレゴン(22年。9位)もブダペスト(23年。13位)も疲労骨折があって、ベストの状態でスタートラインに立てませんでした。それと私は東京五輪に、ずっと出たいと思って競技をしてきたんです。国立競技場で走ることが夢でした。東京世界陸上には絶対に出たい」
松田も19年MGCは4位で、東京五輪は補欠だった。
パリ五輪補欠だった細田も思いは同じだろう。東京世界陸上選考レースについて、次のように話していた。
「自分は代表が決まるなど大事なところで勝っていません。ケガがあったり緊張したり、色々なことがあって上手くいきませんでした。東京世界陸上は目標としていますが、だからこそ、気負って臨んだら結果は出せません。名古屋の前も自分の状態を把握しないで、こういうことをやらなければ、という気負いが先行してケガにつながりました。自分の力を出し切る準備をする。そのくらいの感覚で冬のマラソンにむけてやっていきます」
細田と松田。2人は同学年で、五輪補欠の経験をしたことも共通点だ。東京世界陸上への思いの強さも同じくらいに強い。クイーンズ駅伝経由で来年の東京世界陸上に挑戦していく2人の姿を、追い続けたい。
(TEXT by 寺田辰朗 /フリーライター)
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