
ミラノ・コルティナオリンピック™、スノーボード女子スロープスタイルで金メダルを獲得した深田茉莉選手。冬季オリンピック女子では、日本史上最年少となる19歳での金メダルとなりました。“第二のお父さん”と呼ぶコーチの存在など、直接ご本人に聞きました!
【写真で見る】深田選手が“やっさん”と慕う“第二のお父さん”
スノーボード・深田茉莉選手(19) “第二のお父さん”コーチとつかんだ金
初出場のオリンピックで金メダルに輝いた深田茉莉選手(19)。
冬季オリンピックで、日本女子史上最年少となる偉業達成を支えたのは“やっさん”こと、佐藤康弘コーチです。
スノーボード女子スロープスタイル 金メダル 深田茉莉 選手
「自分がすごいというよりも『コーチがやっさんだから』であったり」
佐藤コーチとの出会いは13歳のとき。
スノーボード女子スロープスタイル 金メダル 深田茉莉 選手(2025年10月)
「30分くらい教えてもらったんですけど、ただ真っすぐ飛ぶだけのエアがだいぶ変わって、『この人すごい』と」
指導を受けて、わずか2年でワールドカップ初出場・初優勝を成し遂げました。
急成長を支えているノートには、学んだことがびっしりと書きこまれています。
付きっきりで指導してくれる佐藤コーチに…
スノーボード女子スロープスタイル 金メダル 深田茉莉 選手
「(コーチの)子どもや奥さんより、自分が一緒にいるので、もっと一緒に練習している時間を『大切にしなきゃ』と思うし、みんなのことを考えて行動してくれているので、“第二のお父さん”みたいな感じです」
イタリアの地でみせた最高の滑りと世界の頂点。表彰式を終えた深田選手を“第二のお父さん”が出迎えます。
佐藤康弘コーチ
「ようがんばった!」
佐藤コーチとともに掴んだ金メダルでした。
表彰台で思い浮かんだ顔は父 仕事で現地には行けず…「まさか金メダルとは」
表彰台のてっぺんに立った深田選手。最初に思い浮かべた顔は…
スノーボード女子スロープスタイル 金メダル 深田茉莉 選手
「う~ん、お父さん。お父さんとはスノーボードのことで喧嘩したこともあったし、それでも何回も送り迎えしてくれたりとか」
娘の勇姿を見届けた“リアルお父さん”は…
父・深田範生さん
「手紙をくれて『仕事で(現地に)来られないので、お土産持ってくるから』って。(メダルを)『取ってほしい』と思っていたけれど、まさか金メダルとは思わなかったです」
「周りの人のためにも…」金メダルの深田茉莉選手(19)に聞く五輪
帰国したばかりの深田茉莉選手(19)に、“第二のお父さん”と呼ぶコーチの存在や、帰国後に家族と過ごした時間などについて聞きました。
――お父さまにとって、金メダルは最高のお土産になったのではないでしょうか。お父さまは、なんとおっしゃっていましたか。
深田茉莉選手(19):
あまり涙を流しているのを見たことがないですが、涙を流しながら「本当にありがとう」と言ってくれました。
――ビッグエアの時は、(お父さまが)いらしてたということですが、その後、お話はできましたか。
少しだけ話をすることができました。今まで頑張ってきているところを見てきたからこそ、結果が出なくても、「滑りはかっこよかったよ」と言ってくれました。
――ビッグエアを9位で終えましたが、そのときはどんな言葉で、次の競技に向けて背中を押してくれましたか。
あまり競技のことについては言わず、プレッシャーをかけずに「ただ自分のやりたいことをやってくればいい」と言ってくれました。
――きのう(22日)はご家族と一緒に過ごされたということですが、久々の家族団らんはどう過ごしましたか。
いつも通りに過ごしました。その「いつも通り」がすごく幸せなことだと実感しました。
――4年後のオリンピックに向けて、さらに腕を上げ、挑戦することと思いますが、自分の中で決めていることはありますか。
今までやってこられたのも自分だけの力ではないし、これから頑張るのも、自分のためだけではなく、周りの人のためでもあると思うので、これからもみんなで頑張っていきたいと思います。
世界中の選手が注目「佐藤コーチ」 その指導内容は
――佐藤コーチとの出会いは、深田選手が13歳の時に、愛知の練習施設に佐藤コーチが訪れたことがきっかけだということですが、指導を1日受けて、そこで心を決めたということですか。
30分教えてもらっただけで、エアの高さも変わって、「この人は全然違うな」と自分でも感じました。お父さんもそれを感じていて「すぐに埼玉に行こう」となりました。
――佐藤コーチの指導の「良いところ」はどんなところですか。
技術的な面でいうと、例える言葉がすごくわかりやすくて、どういうことを言っているのかがすごくわかりやすいです。
佐藤コーチには技術面だけではなく、生活面や人間性という部分でもすごく学ばせてもらうことが多いので、改めて“やっさん”ってすごいなと思います。
――「生活面での指導がある」とは、どのような内容ですか?
周りの人への感謝や、スノーボードをしてないところでも、スノーボードのことを考えていないといけないとか。同じく、やっさんの指導を受けている蘇翊鳴選手、岩渕麗楽選手などの先輩がいて、先輩達を見習ってここまで来れたので、そういう経験があって今があると思います。
――佐藤コーチのもとには、世界中からいろんな選手が門戸を叩きに来るということですが、海外の選手にも人間性の部分を指導されているということですか。
佐藤コーチは海外の選手も教えているので、全員に平等に指導もするし、思いも全員にぶつけてくれます。
――海外の選手は佐藤コーチのことを何と呼んでいますか?
「やす」ですね。
「前日までにたくさん考えて、実践」金メダルに繋がった練習
――2023年に佐藤コーチに取材した時、深田選手について「6時間くらい僕がみっちり練習をやった後に、2時間自主練習をする」と話していました。やはり「やる」と決めたら、納得いくまでやり続けるタイプですか。
時間があればできるだけやりたいし、満足するまでやって、次の日に繋げないといけないので、自分の納得するところまでやりたいなといつも思っています。
――ノートを書いているということですが、今まで書いたノートは何冊ぐらいありますか。
毎日書くというよりも「変わったな」と思ったときに書くので、量は多くなくて、2~3冊ぐらいです。
オリンピック後は書いていないですが、オリンピック期間中は書いていました。
――例えば、どんなことを書きましたか。
メンタル的な内容よりも、「練習でどこがダメだった」とか、「練習で〇本飛べるから、〇本目に〇〇をやる」というようなことを書いています。
――競技を始めてから約5年で頭角を現した深田選手ですが、「世界と戦える」と手応えを掴んだのはいつぐらいですか。
15歳のとき、初めてワールドカップで優勝したときかなと思います。
――練習の中で、「質」と「量」を担保するのはとても難しいと思いますが、たくさん練習する中で、どのように高い「質」を維持していますか。
1本1本を大事にして、集中して練習しています。前日までにたくさん考えてきて、翌日に考えてきたことを実践する感じです。
――「スノーボードをしているとき以外も、スノーボードのことを考える」とのことですが、頭の中は常にスノーボードのことを考えていますか。
ずっととは言えないかもしれないですが…寝る前に動画をチェックしたりします。
――「自分の動画をよく見直して改善点を探る」という人もいれば、「見ると深く考えてしまって、逆に失敗するから見ない」という人もいると思います。どちらかというと、見る方なのですね。
練習では見ますが、オリンピックのスロープスタイルの前は、逆に見ずに、緊張に変えないようにしていました。
「ここでやりきらないと」ジャンプに向かう前の思い
――ビッグエアでは9位でしたが、その後、スロープスタイル予選を7位で通過して、決勝に挑みました。1回目に挑戦し、転倒してしまった「スイッチバックサイド1260」は通常の足とは逆側から入り、背中側に3回転半(1260度)回る大技です。どんな思いで挑戦しましたか。
「これぐらいの技を入れないといけないかな」と思って、最初は入れました。
――2回目も果敢に攻めていました。1回目から気持ちはすぐに変わりましたか。
意外と、うまく切り替えられたんじゃないかなと思います。
――2回目は、1回目に失敗してしまった「スイッチバックサイド1260」から、1回転分を落としたということですが、佐藤コーチと話をして戦略的に変えたということですか。
男子の競技を見ると、高回転のジャンプをするというよりも、「ジブで絶対に落ちないことが必要なんだ」と佐藤コーチが分析して、2本目で確実に立って、3本目に弾みをつけるようにやりました。
――1回目では失敗、ビッグエアでは悔しい結果もあったので、2回目は緊張感や不安もあったのではないですか?
やはり緊張はありました。でもビッグエアで「緊張してもしょうがないな」と学んだので、あまり緊張しないで、自分の滑りにフォーカスするようにしました。
――普段は、日本や中国で練習されていると思いますが、イタリアの雪は違いますか。
中国だと基本は人工雪なので滑りの質も違います。ソールを綺麗にしてくれる人がいて、その方がリビーニョの雪に合ったワックスをしてくれるので、かなり飛べたと思います。
――2回目でトップになって迎えた3回目。どんな気持ちで臨みましたか。
2本目のままだと、自分でも納得できなかったので「ここで絶対にスイッチバックサイド1260を決める」という思いで滑り始めました。
――「スイッチバックサイド1260」の10点満点のジャンプ、出来栄えはどうですか。
このキッカーで、「スイッチバックサイド1260」をやってる選手はいなくて、「自分が決めたい」という気持ちもありました。大会で決めたことが無かったので、嬉しかったです。
――練習で出来ている技でも、本番ではできなかったり、緊張感やプレッシャーもかかると思います。大技となると、不安定なメンタルで挑むことになるでしょうか。
2本目で決めておいたことによって、「あとは挑戦するだけだ」というか、オリンピックが最大の目標だったので、「ここでやりきらないといけないな」と思っていたので、気持ち的には乗り気というか「やってやるぞ」みたいな感じでした。
――金メダルが確定した瞬間、どんな気持ちが込み上げてきましたか。
今まで、つらいことがほとんどでしたが、ここまで続けてこれてよかったなと思いました。
「明日は朝4時集合!」大技成功に“やっさん”からメッセージ
3回目の「スイッチバックサイド1260」が決まったときの、佐藤コーチのコメントをいただいています。
佐藤康弘コーチ
「最後の残りの『180』をしっかりと着地から逆算して、空中で下半身を腰から下をグルッと回すんですけれども、その際、回しきった後、着地を捉えた後も体勢を潰されず、そのまま滑りきる。そこが茉莉選手の強みだと思うので、しっかりと出してくれて良かったと思います」
「今回はよくやりました!お疲れ様でした!次の4年はすぐ来ます。明日は朝4時半集合で練習です。頑張っていきましょう!」
――大変な指令が来ましたね。
まだ、午前4時半に集合したことはないですね(笑)
――評価を聞いてどうですか。
今まで一緒にやってきたコーチの言葉は素直にすごく嬉しいですし、今まで見てきてくれた人だからこそわかるところだと思うので、本当に嬉しいです。
――気が早いですが、4年後に向けての目標や思いを聞かせていただけますか。
今回、上手くいかなかった部分もあって、自分の中では満足した部分もありますが、それでもまだまだ成長したいなと思えるような大会だったので、4年後、今の自分をさらに超えられるようなパフォーマンスで、周りの皆さんを感動させられるようにできたらいいなと思います。
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<プロフィール>
深田茉莉 選手
2007年生まれ 愛知県出身
ミラノ・コルティナ五輪で金メダル
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