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福島第一原発事故から15年~地元メディアとして“伝え続ける”ことへの思い~【調査情報デジタル】

国内
2026-03-07 09:00

大津波によって全電源が喪失し、メルトダウンや原子炉建屋(冒頭の写真は現在の3号機)の爆発で深刻な放射性物質汚染を引き起こした福島第一原発事故。あれから15年経つが、事故の影響は依然、現在進行形だ。メディアとしても経験したことがない未曾有の原子力災害。発生当時から今日まで“被災地の今”を伝え続ける地元局、TUF(テレビユー福島)のアナウンサー・記者の渡邊文嘉アナウンス部長が率直な思いを綴った。


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取材者も世代交代

まもなく東日本大震災・東京電力福島第一原発事故から15年を迎える。


福島の放送局にとって「3.11」は大切な節目であり、毎年この時期になると、福島ローカルの特番や全国ネットの企画ニュースなど、その対応に考える暇がないほどなど時間に追われている気がする。


あれから15年、報道部には管理職・デスク級を除くと、震災・原発事故取材をリアルタイムで経験した部員はほぼいない。仕事ではなく、「子どもの頃に経験した」という若い部員が数人いる程度。現場の記者は限りなく、聞いた程度しか「震災を知らない」。


それでも地元メディアとしてネタを見つけ、取材をしなければならない。義務感だけになってしまってはいけないとは思いつつも、若手には半強制的に震災のネタを1つ、2つは取材するように指示してきた。それでも、いわゆる「深掘りが必要なニュース」はデスクサイドからネタを預けないとなかなか上がってこないし、そうなってしまうのも仕方がない面もある。


継続取材を続けているネタも、担当者の異動や退職によって、誰かに引き継がせようと思いながらも結局、引き継がれないままになっているケースがほとんどだ。「思い」がないと取材は続かない。それをこの15年で痛感させられた。


「伝え続けること」の難しさ

震災・原発事故の直後から数年間は、「避難区域・津波被災地の復興」「福島第一原発の廃炉作業」「風評被害との闘い」が中心だったように思える。15年が過ぎようとしている今となっても、復興や廃炉作業は継続しているが、毎日のようにニュースで報じられることは福島県内の他局を含めて少なくなった。


福島第一原発の周辺にある「帰還困難区域」については、復興拠点を中心に避難指示の解除が徐々に進んではいるが、福島第一原発のある双葉町では人口の1%にも満たない約200人しか住んでいない状態だ。政府は2023年に「特定帰還居住区域」を設け、2020年代をかけて「希望する住民の帰還」を進めるとしているが、どれだけの住民が戻って来るのかは見えない状態が続いている。


その背景には必ず問題があり、伝えなければいけないことは存在し続けているのだが、それを組織全体で「熱量を持って伝え続けること」の難しさを痛感している。


15年前に感じた“見えない恐怖”

私は2011年の震災当時、制作部で朝の情報番組のMCを担当していた。あの日は、3分ぐらいの激しい揺れに襲われ、その直後に沿岸部の被災地へと取材に向かった。到着した現場は、南相馬市という第一原発の北側20~30キロにある場所だが、夕方、現地に到着しても、津波被災地の被害はほとんどと言っていいほど不明だった。


被災した高齢者施設の取材に向かう途中で、路上に置かれたままになっているご遺体を見て、「とんでもない災害が起きた」と初めて理解したように思う。


福島第一原発にしても、私は県政記者クラブも担当していたため、事故前に数回入域していたので少しは知っているつもりではあった。地震直後、福島第一原発と第二原発が心配だったが、東京電力からの「スクラム(自動停止)した」という話を聞いて、少しだけ安堵していた。


しかし、その後の危機的な状態に陥っていた第一原発の情報は、取材先の私には全く入らなかった。翌日の午後1時ごろ、本社からの「第一原発が危ない。早く本社に戻れ」という連絡は寝耳に水の話だった。1号機は、その約2時間後に水素爆発を起こした。


私が事故前に原発に入った時は、取材終了後の個人線量計の数値はいつも「0マイクロシーベルト」を示していた。原発事故直後の3月15日、北西に60キロ離れた福島市の数値が「毎時20マイクロシーベルト」を計測し、個人線量計のアラームが鳴っているのを聞いた時、初めて未曾有の原子力災害に見えない恐怖を感じたと記憶している。


取材者として、震災を「経験した記者」と「経験していない記者」の差はやはり大きいと思う。それでも、私たちは伝え続けなければいけない。


福島県民と県外の人との温度差

約15年が経過し、震災後の数年間よりもテレビ各局の震災特番はかなり色が変わってきたかのように思う。「東日本大震災や原発事故を振り返り、継続している問題を伝える」というよりも、南海トラフ地震などに絡めて、震災はあくまできっかけにして「災害の時、どう対応すれば命が助かるか」という点に焦点を当てたような番組が多い印象だ。震災と無関係の地域の視聴率を得るための視点だと推察するが、地元としては違和感のある内容も少なくない。


弊社では「震災12年」の時には、政府が福島第一原発のアルプス処理水の海洋放出を予定している話題だけで55分番組を放送した。「処理水」については、ネット上の反応も様々で、県民と県外の人では絶対的な温度感が違っていた。


ネット上の反応を見ると、「科学的に安全なら流していい」「マスコミの報道が風評被害を招いているだけ」といった問題の本質に目を向けていない声が多い。極論すると「何か被害があっても自分には関係ないから」という印象も受けた。


処理水問題については我々自身も日々のニュースでは伝えきれていないと感じていたため、その時は思い切って「処理水問題」に絞った特番を制作することにした。 


番組では、「処理水」とはそもそも何なのかという点から始まり、なぜ漁業者が反対しているのか、「関係者の理解なしには放出しない」という政府・東電と漁業者との約束の話、政府の広報の取り組み、実際に東京の人たちはどこまで知っているのか、市場関係者はどう評価しているのかというところまで描き、スタジオには風評被害調査の識者と政府の処理水小委員会の元委員を招いて展開した。


放出に反対するだけととられるような番組にはしたくなかったので取材と事実を重ね、多角的に客観的に描くことを心掛けた。海外の反応まで取材できればベストであったが、さまざまな事情からそこまでには至らなかった。


番組の中では、政府が「処理水について知っている人が広報後に増えた」というデータを発表したことを受けて、出演した識者からは「なんとなく知っている人が増えることで、知っている人が増えたと捉えるのは危うい」という趣旨の発言があった。


私も同感だった。「処理水」という言葉が、CMや広報誌などで取り上げられ、「聞いたことがある」という人は増えたのだろうが、そこから先に踏み込んで考える人が一体どれだけいるのだろうか、ということである。


地元のメディアとしては、タンクがいつかは満杯になるのが分かっていたのに、早い段階からこの問題について声を上げることが出来なかったことに後悔の念があった。もっと早く、地元と政府・東電で協議を重ねていれば、他の解決方法も模索できたのかもしれないと感じた。


結果的に処理水については、放出開始後に福島の水産物を応援するようなムードも少し感じられ、これまでに大きな問題は起きていないと認識している。ただ、それはこれまで東京電力が処理水放出に関しては大きなトラブルを起こしていない、という事実が大きいと思う。


もしも、希釈されていない処理前の汚染水が海に放出されるようなトラブルが起きてしまう事態になれば、これまで積み上げてきたことはすべて水の泡になってしまう。東京電力には「ミスは一度もできない」という緊張感をもって、処理水の放出にあたってほしいと思う。


復興へ向け「ダークツーリズム」の検討時期か

福島第一原発には、880トンもの溶け落ちた核燃料「燃料デブリ」が残っていると推計されている。しかし、2024年から2回行われた試験的な取り出しはわずか0.88グラムで「耳かき1杯分程度」。関連する工程は東電のロードマップが発表されるたびに遅れ、当初から「30年~40年」としている廃炉作業の完了がいつになるのかは全く見通しが立っていない。 


原発周辺の復興・産業振興について、政府は「イノベーションコースト構想」や「福島国際研究教育機構」といった復興政策を打ち出してはいるが、成功するかどうかは不透明で、言葉だけが踊っているような印象だ。


個人的には、原発事故直後は不謹慎とも言われていた「ダークツーリズム」=「福島第一原発の観光地化」も選択肢として実現可能なのか、そろそろ本格的に検討を始めて良いのではないかと考えている。


現在、県は避難区域や津波被災地などを含めた「ホープツーリズム」を推し進めていて、2024年度は1万9千人以上が訪れている。実は福島第一原発はメディアや行政・研究機関に限らず、国内外から一般の視察も受け入れているが、案内役の東京電力社員などのマンパワーに限りがあるため、多くの人数を受け入れることができず、一般の方にとってはなかなか生で見ることはできない状況だ。 


2012年に取材で入ったときは防護服に全面マスク着用が必要だった。その頃から比べれば敷地内の放射線量など作業環境は飛躍的に改善している。一般の人に間近で安全に見てもらう仕組みができれば、直接的な「廃炉作業」だけでなく、「観光」という産業も生み出せるのではないだろうか。もちろん、住民の理解を得ることは大前提だ。


今後も“被災地のメディア”として

筆者は3月11日には福島第一原発1・2号機の目の前から生中継をする予定だが、防護服や全面マスクも不要なので軽装で中継をする予定だ。一昨年、去年と視察をする機会があったので短期間で3度目の入域となる。原発の目の前から今伝えられることを精一杯、福島の人間として語りたいと考えている。


最初の話に戻るが、いろいろ思いを巡らせていると、「3.11に何を伝えるのか」はやはり難しい問題である。今後も毎年、頭を悩ませることは間違いないと思う。最適解の無い問題だと分かりながらも、被災地のメディアとして真摯に向き合っていきたい。


〈執筆者略歴〉
渡邊 文嘉(わたなべ・ぶんか)
2003年 報道部アナウンサーとしてTUF(テレビユー福島)入社。
福島県警社会記者クラブ、福島県政記者クラブなど担当。
2010年の制作部を経て、2011年から報道部。
夕方ニュースのMC・デスク等担当後、2023年から報道部長。
2026年3月から新設のアナウンス部長(現職)。


【調査情報デジタル】
1958年創刊のTBSの情報誌「調査情報」を引き継いだデジタル版のWebマガジン(TBSメディア総研発行)。テレビ、メディア等に関する多彩な論考と情報を掲載。原則、毎週土曜日午前中に2本程度の記事を公開・配信している。


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