
高市総理15年来の“悲願”ともいえる「国旗損壊罪」法案が、今国会での成立に向けて動き出している。何をすれば罰せられるのか、逆にどこまでは許されるのか――その境界線は、「ケースバイケース」と言わざるを得ないほど曖昧だ。
【写真を見る】【高市総理の悲願】「立法事実」より「法制化」優先…『国旗損壊罪』法案成立の意義とは 「ほとんど適用されることはない」指摘の声も【edge23】
なぜこの法案は今、成立へと急加速しているのか。その背景と党内の本音、旧姓の通称使用拡大より優先された背景に何があるのか。TBS政治部与党担当の島本雄太記者が取材でつかんだ党内の声とともに、法案の核心に迫る。
今国会成立目指す「国旗損壊罪」とは?
2026年5月22日、自民党のプロジェクトチームが「日本国国旗損壊罪(仮称)」の骨子案を了承した。TBS政治部与党担当の島本雄太記者によると法案提出は6月前半を目指しており、今国会での成立を目標としている。
骨子案の趣旨は「国旗を大切に思う国民感情を保護するため、国旗を損壊する等の行為について罰則を定める」というものだ。国旗尊重義務は設けず、思想信条の自由や表現の自由に反するものではないとされている。罰則は2年以下の拘禁刑または20万円以下の罰金。
では、具体的にどのような行為が処罰対象になるのか。骨子案では「人に著しく不快感や嫌悪感を抱かせる方法で、公然と損壊・汚損などする行為」が対象とされている。また、自分が国旗を損壊している様子をSNSに投稿したり、ライブ配信して不特定多数が閲覧できる状態にすることも「公然と」に該当するとされる。
ただし、島本記者は「行為自体がかなり抽象的に書かれているので、具体的にどれがアウトでどれがセーフかは最終的に裁判所の判断になる」と指摘する。
対象となる「国旗」は、「社会通念上、国旗と認識される有体物(物理的に存在するもの)」に限られる。国旗国歌法による厳密な寸法規定は問わず、紙や布で作られ竿などに掲げられる形状のものが対象だ。
自らが所有する国旗も処罰対象に含まれる点は、従来の器物損壊罪(他人の物を壊した場合に適用)とは異なる新しい要素となっている。
一方で、対象外となるのは、お子様ランチに立てる小旗、絵画の一部として描かれた旗、そしてアニメ・漫画・ゲーム・生成AIなどによる創作物だ。
何が「国旗損壊罪」の対象か 骨子案が示す曖昧な線引き
では、どのような行為が「国旗損壊罪」の対象となるのか。5つの具体的な事例を取り上げ、それぞれが罪に当たるかどうかを検証した。
【国旗損壊罪になる?ならない?】
▼五輪選手の国旗への寄せ書き
「人に著しく不快感や嫌悪感を抱かせる方法」には当たりにくく、原則対象外と見られる。
▼国旗を燃やす様子を生成AIで作成してSNSに投稿
骨子案は「アニメ・漫画・ゲーム・生成AIなどの創作物を対象外」と明記しており、処罰対象外とみられる。ただ、「生成AIの精度が上がる中で、実際と見分けがつかないケースも出てくる。その判断はかなり難しくなる」と島本記者は指摘する。
▼古くなった国旗を破棄目的で焼却し、その様子をライブ配信(損壊の意図は無し)
この法律は目的や意図を問わず、客観的な行為が「人に著しく不快感や嫌悪感を抱かせるか」で判断されるとされているため、「どのような状態でどう燃やしているか」が線引きになるという。「ライブ配信」という行為自体は「公然と」の要件を満たすが、焼却の状態や方法が問われることになるため、処罰対象かどうか判断が難しい事例となる。
▼他人が国旗を燃やしている投稿をリポスト
骨子案では「自ら損壊する行為」が対象であり、報道目的や他人の投稿の再投稿は明示的に対象外とされているため、処罰対象外とみられる。ただし、島本記者によると「共謀して実施したと判断されれば処罰対象になりえる」という。
▼ライブ配信者に国旗を破るようコメントで悪意をもってそそのかした場合
原則は「自分で損壊する行為」が処罰対象だが、共謀と認定されれば、処罰対象になりうるとされ、配信者との関係性が問われる可能性があるという。
島本記者は「事例ごとに簡単にすっきりした答えが出てこない。燃やすこと自体がだめとは書かれていないので、不快感・嫌悪感をどう判断するかはケースバイケースになってしまう」と率直に語った。また、「お子様ランチの旗、絵画の一部として描かれた旗、アニメ・漫画・ゲーム・生成AIの創作物」は対象外だと明示されているが、逆にそれが「生成AIで作ればいい、というメッセージになりかねない」との危惧も示した。
「旧姓の通称使用拡大に関する法案」より優先された15年来の“悲願”
この法案が今動き出している背景には、高市総理個人の強い思い入れがある。
実は日本では、外国の国章(国旗を含む)を損壊した場合の罰則が刑法に存在する。外交上のトラブルを防ぐことを目的とした規定だ。ところが、自国である日本の国旗に対応する罰則規定はない。高市総理はこの「矛盾」を長年にわたり問題視してきた。
2011年、高市氏は自身のコラム(現在は削除)に「日本人として、日本の威信・尊厳を象徴する国旗に対する愛情や誇りを、せめて外国国旗が刑法で保護されているのと同程度には守りたい」と綴った。
翌2012年には高市氏も提出者の一人となり、自民党が国旗損壊罪を創設する刑法改正案を国会に提出。しかし、衆議院の解散により廃案となり、その後も保守系議員と再提出を模索したものの、提出には至らなかった。実に15年来の「悲願」だ。
状況が変わったのは、「高市氏自身が総理の座に就いたこと」と「連立相手が公明党から日本維新の会になったこと」だと島本記者は明かす。
2025年10月に交わした連立合意書には「外国国章損壊罪のみ存在する矛盾を是正する」ことが明記された。また、2026年1月の衆院選公示日の街頭演説でも、高市総理は「日本国旗を損壊しても全くお沙汰なし。変じゃないですか。日本の国旗はどう扱ってもいい。それはやっぱりおかしい」と有権者に訴えた。
その思いの強さは、法案審議のスケジュールにも表れている。
この法案が審議される内閣委員会では、同じく内閣委員会で議論されるはずだった「旧姓の通称使用拡大に関する法案」の今国会への提出が見送られる方向となった。旧姓通称使用の拡大も、自民党と日本維新の会の連立政権合意書に「26年通常国会に提出し成立を目指す」と明記されていたものだ。文書上は並列に扱われていたにもかかわらず、国旗損壊罪の審議を優先させる形になっている。
コスパ良く保守層に響く法案も…決して高くない党内の温度感
高市総理の強い思い入れとは対照的に、党内の温度感は決して高くない。
一貫して慎重な姿勢を示してきた岩屋毅前外相は、骨子案が了承された会議の後も「憲法問題で国民の内心の自由、表現の自由に関わるテーマ。まだまだ熟議が必要」と述べた。
岩屋氏が特に問題視するのは、現状で社会問題化していない中でこの法律が必要なのかという点と、「何をしたか」ではなく「何を伝えたか」が罪に問われるという表現の自由への影響だ。熟議が必要という言葉の裏には「本当に必要なのか問い直すべきだ」という強い問題意識があるという。
参議院の西田昌司議員も「国旗を尊重する考えには賛成だが、それを罪で罰することまで必要なのか」と疑問を呈している。
そして、当のプロジェクトチームに所属する議員からは「とりあえず維新との連立のわかりやすい成果。ほとんど適用されることはないだろう」という率直な言葉まで出た。保守系グループはいち早く成立を求める声明を出している一方、反対を明確に表明しているのは少数で、マジョリティの議員は表立って意見を言わないまま容認しているのが実態だ。島本記者は「高市さん一強の状況でもあり、波風を立てずそのまま通してもいいんじゃないかという空気が強い」と取材の感触を語った。
また、この法案が進んでいく構造について、「この政策は予算もかからず、自民党としてはコストパフォーマンス良く保守層に響くことを実現できるという狙いがある。日本維新の会としても、連立を組んだ成果を一つクリアできる」と整理する。
本来のプロセスとは逆転…はらむ新たな“曖昧さ”創出の恐れ
さらに、より根本的な問題として「立法プロセスの逆転」を指摘する。
通常、法律は実際に起きている問題や根拠となる「立法事実」があり、それを解決するために制定への議論が始まる。しかし今回は「まず法制化する」という目的が先にあり、それに対する根拠や保護すべき利益をあとからつけていく形になっているというのだ。「通常とは違うプロセスを踏んでいることも特徴」と島本記者は指摘する。
実際、差し迫った問題が起きているのかという点について、島本記者は「ほとんど発生していない」と明言した。他人の国旗を損壊すれば器物損壊罪が適用されうるし、今の社会で国旗損壊が問題化している状況はないという。
この法案が成立した場合、逆に国旗に触れる機会が多い人々が萎縮したり、生成AIによる創作物を対象外にすることで悪意ある拡散の抜け道になりかねないとの懸念も取材の中で聞かれた。「結果として一人一人が日本の国旗に対して距離が遠くなってしまうことは、法案成立に向けて動いている人たちの狙いからは外れる」という声もある。
法案は6月前半の提出を経て今国会での成立を目指す。曖昧さを解消するために作られようとしているこの法律が、新たな曖昧さと社会的な問いを生み出そうとしている。
島本記者は「曖昧さを解消したいと思って作ろうとしているのに、逆にそれがまた新たな曖昧さを生んでしまっている。逆効果が生まれないことを願いたいが、現時点ではモヤモヤが膨らんでいく感覚がある」と指摘。
国旗を大切に思う国民感情を守るために作られるこの法律が、逆に国旗に触れることへの心理的負担を生み、国旗を掲げる人が減るという「逆効果」につながらないか。法案の中身に加え、その運用のあり方が問われることになる。
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