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【全文】辺野古転覆事故の家族が語る…あまりにも簡単に告げられた“娘の死”  亡くなった武石知華さんの母親と姉の“いまの思い”と“社会に願うこと”

国内
2026-06-28 13:12

辺野古沖で船が転覆した事故で亡くなった高校生の武石知華さんの母親と姉が、news23の取材に応じました。ご家族の許可を経て、news23に寄せた文章を掲載します。


【写真で見る】亡くなった武石知華さんの母親と姉の“いまの思い”と“社会に願うこと” 辺野古転覆事故の家族が語る…あまりにも簡単に告げられた“娘の死”


目次
▼「⽇常の中にはあまりにも知華が」母と姉が語る今の心境
▼「このようなまま、知華を送り出したくない」情報発信を続ける理由
▼ あまりにも簡単に告げられた「娘の死」
▼「何かの間違いであってほしい」突きつけられた現実


「⽇常の中にはあまりにも知華が」母と姉が語る今の心境

Q.現在の心境について


武石知華さんの母親
事故後、事実と異なる報道や実名報道、活動家とみなされ⼼無いコメントがよせられる中で沖縄に滞在していた(3月 ※編集注)16⽇から19⽇までの4⽇間は、学校、東武トップツアーズからの説明と謝罪、海上保安庁の事情徴収、遺体の引き取り、司法解剖結果の報告、葬儀⼿配、納棺準備の合間にキャンプシュワブでの献花などで時間に追われ忙しく、⾷べられず眠れない⽇々の中でもきちんと送り出してあげなければいけないという責務で何とか耐えておりました。


葬儀が終わり出棺での知華とのお別れ、⽕葬、納⾻は親としてこれ以上ない耐え難いつらい時間で、その後3‐4週間ほどは⽣きている意味すら⾒いだせず、周りの家族や親族に⽀えられ時だけが過ぎていく⽇々だったように思います。


当初の報道が尾を引いて、「活動家」「頭の緩い」などといった誹謗中傷に加え、加害者側団体からの憶測に基づく発⾔や政治利⽤など、看過できない報道がやまない現実に、家族で話し合い知華のことを正しく知ってもらうため、またこのような事故を⼆度と起こさないためにとnoteでの発信はじめました。


この3か⽉、知華のいないこの世界で⽣きなければいけない、⽣きていくという意味を問い続け、また娘の死という現実に向き合い、今まで思い描いていた知華の成⻑、卒業式、成⼈式、社会⼈としての活躍、結婚、孫との⽣活、娘との旅⾏、孫に囲まれた⽼後など⼀つ⼀つをあきらめていく、頭にあきらめさせるように努めた⽇々でした。


外に出れば、何気ない⽇常でありふれた幸せそうに歩く家族やカップル、同世代のお⼦さんを⽬にするのがつらくて外出も極⼒避け、ただ時の経過にまかせてやりすごすそんな⽇々でした。


武石知華さんの姉
時間は刻⼀刻と、残酷に過ぎていきました。
知華がいなくなっても、事故から3週間ほどで⼤学は始まり、周りの⽇常は当たり前のように進んでいきました。当初の私は塞ぎ込んでしまい、誰にも連絡を返すことすらままならない状態でした。そんな私を⼼配して、友⼈たちが外に連れ出してくれたり、同じ講義を取って隣にいてくれたりしました。


もちろん家族にも⽀えられながら、なんとか今⽇まで毎⽇を⽣きてこられたと思っています。


でも、⽇常の中にはあまりにも知華がいます。ふとした会話の中にも、コスメやカラコンの話にも、街で⾒かけるものにも、全部どこかで知華を思い出してしまいます。


そのたびに、もう知華がいない現実を突きつけられて、泣いてしまう⽇々です。
事故からまもなく3か⽉が経ちますが、今も前を向けているとは⾔えません。


ただ、知華に起きたことを曖昧にされたくない、知華の尊厳を守りたいという思いだけで、なんとか⽴っています。姉として、知華のためにできることを諦めたくないと思っています。


Q.知華さんについて


知華さんの母親
やさしくて、思いやりがあり、⾯⽩いこと、⼈と話すことが⼤好きな⼦でした。いつも⾯⽩いことばかり考えていて、周りを笑わせて⼀緒によく笑う⼦でした。⾃分が望む⽬標に向かっては努⼒を惜しまず、よく調べて⾃分なりの⽅法で結果を掴んでいました。


趣味は旅⾏、写真撮影、美術館巡り。⾼校⽣になってからはお菓⼦作りにも熱⼼で、誕⽣⽇やクリスマスにはホールケーキ、マカロンなどお店顔負けの出来で作ってくれていました。天体にも興味があり、夜空をよく⾒ていました。満⽉の夜には、「今⽇は満⽉だね、きれいだね」と⾔っていたことを思い出します。


知華さんの姉
知華とは4歳差の姉妹でした。
幼い頃は、両親の取り合いをしたり、些細なことで⾔い合いになったり、喧嘩も多い姉妹だったと思います。


でも、私が⼤学進学で上京してからは、少し距離ができたことで喧嘩も減って、むしろこの4年間は特に仲が良かったと思います。


何かあるたびに、「ねぇね、どっちがいいと思う?」「このカラコン使ったことある?」「髪⾊何にしよう?」と、よく連絡をくれました。コスメや服、髪⾊のことなど、何気ない相談をしてくれる時間が、私にとってはとても⼤切でした。


知華は、努⼒家で、何事にも熱⼼で、賢い⼦でした。そして何より、本当に優しい⼦でした。


⾃分のことだけでなく、周りの⼈の気持ちをよく考えられる⼦で、⼈との違いを否定するのではなく、⾃然に受け⽌められる⼦だったと思います。
家族から⾒ても、知華はいつも明るくて、アホで、家の中をぱっと照らしてくれる存在でした。


だから今も、⽇常の中のふとした瞬間に、知華なら何て⾔うかな、知華にこれ⾒せたかったな、と思ってしまいます。


私にとって知華は、ただの妹というだけではなく、いつの間にか何でも話せる、絶対的な味⽅になっていました。


「このようなまま、知華を送り出したくない」情報発信を続ける理由

Q.情報発信を続ける理由は


知華さんの母親
報道により⼀⽅的に作り上げられた事実と異なる⼈物像に対して⼼無い批判が寄せられる。活動家や思想家の仲間にされ、利⽤される。このようなまま、知華を送り出したくないという思いと、こんなにつらい思いをする親を⼆度と作りたくないという思いで事実を発信しています。


Q.報道や社会の反応をどう受け止めているか


知華さんの母親
多くの情報発信者の⽅が、事故を取り上げ分析し、まとめてくださっていること。コメントや寄付を通じて多くの⽅からご⽀援いただき、多くの情報提供が集まっていること、またそれらSNSの反響が、国会議員の⽅々の⽬にとまり政党を超えた議員の⽅がそれぞれの⽴場で最⼤限に答弁くださり真摯にこの事故での問題に向き合ってくださっていることも⼤変ありがたく、⼼から感謝しております。


特定の思想、信念、政党は、横に置き、今回の事故で改善すべき問題点をひとつひとつ解決してくことで、今後このような形で命を落とすことがない、有意義な研修旅⾏、修学旅⾏が遂⾏されるように、知華の死が無駄にならないようにすることで娘への供養としていきたいと考えております。


知華さんの姉
私はSNS世代でもあるので、発信したものに対するコメントやポストは、できる限りすべて⾒るようにしています。


もちろん、その中には温かい⾔葉も本当にたくさんありました。知華のことを知ろうとしてくださる⽅、家族を気遣ってくださる⽅、事故の問題点に向き合おうとしてくださる⽅の⾔葉には、何度も救われてきました。


⼀⽅で、中には⾒るに耐えないような⾔葉があるのも事実です。


そして、そうした投稿の多くは、事故の本質から論点をずらして語られているもののように感じます。私たち家族が求めているのは、特定の思想や⽴場を責めることではありません。


なぜ⼗分な説明や安全管理がないまま、知華たちがあの船に乗ることになったのか。なぜ命を守れなかったのか。そこから⽬をそらさないでほしいと思っています。


温かい⾔葉は、⼼ない⾔葉の何百倍も届いています。
でも、たった⼀つの⼼ない⾔葉が棘のように残り続けることもあります。
それは私だけでなく、⺟をはじめ、家族や⾝内を深く傷つけています。


発信を⾒てくださる⽅には、画⾯の向こうに、今も悲しみの中にいる家族がいることをどうか忘れないでほしいです。


知華に起きたことを、誰かを攻撃する材料ではなく、同じことを⼆度と起こさないために向き合うべき問題として⾒ていただきたいです。


あまりにも簡単に告げられた「娘の死」

Q.研修旅⾏へ出発する前の知華さんについて


知華さんの母親
まず、Fコースを選択した理由については、美術館で怖い絵を⾒るよりはきれいなサンゴ礁を⾒たほうが楽しいからと⾔っていました。実はその後、コースを変えたらと話していますが、すでに抽選も終わり(今年Fコースは他のコースに⽐べて昼⾷が豪華だったこともあり⼈気があって抽選でした)お友達とのグループもあるので、今更、私だけ変えられないとも⾔っていました。


出発前⽇は空港近くに前泊していました。空港まで⾞で3分ほどのホテルでしたが、朝から可愛くメイクをして、⾞中も終始楽しそうにはしゃいで話していました。遠⾜前の⼩学⽣のようなはしゃぎ⽅で、微笑ましく送り出しました。


Q.事故の知らせを受け取った当時について。


知華さんの母親
3⽉16⽇、11:59にお友達から着信がありメッセージが⼊ってきました。


「船が沈んで、知華ちゃん救急⾞で運ばれたらしい」
「学校から連絡あった?」


メッセージを⾒てすぐに折り返しの電話をいれました。
「乗っていた船が沈んじゃって、今、知華ちゃん救急⾞で運ばれたらしい、沖縄⾏くことになると思うから準備して」と。
私は、何が起こったのかよく理解できずとりあえず学校へ向かうことにしました。


研修旅⾏のしおりの持ち物には、帽⼦とタオル、⾬天時の⾬具のみしか書かれていなかった記憶があり、⽔着やシュノーケリングシューズなども書いていなかったので、転覆、と聞いても浅瀬で転覆し、サンゴにぶつかって怪我をしたのだと思いました。学校に到着し、事務室にとりついでもらい応接室で待つ間に主⼈に電話をつなぎ事情を話していると先ほど連絡くださったお⺟さまから


「知華ちゃん、⼼肺停⽌らしい⼼肺蘇⽣していたって」


とメッセージが⼊りました。その時はまだ転覆時間も、抗議船だったこともリーフエッジでの転覆だったこともわからなかったので、助かる、死ぬわけがないと⾃分を落ち着けようとしていました。主⼈も「抗議船って書いてあるから⼈違いだよ、修学旅⾏でしょ?」と⾔っておりました。12時36分に校⻑と事務員が⼊室してきた際、事務員の表情を⾒て私は⽬をつむりました。


校⻑は携帯を操作しおそらく病院名か死亡時刻を探していた様⼦で、淡々と携帯の画⾯を⾒ながら、「知華さんですが、さきほどえーと12時…29分に、えーと、どこの病院だっけな、えーと北部地区医師会病院にて死亡が確認されました」と告げました。17年間⼤切に⼤切に育ててきた娘の訃報はこんなにも端的に簡単に告げられるものなのかと絶句でした。


よく覚えていませんが、「いやです…なんでですか?なんで知華が…いやです…なんで…なんで…」と⾔い続けた記憶があります。


「ツアー会社が航空券を⼿配しますのでお⺟さまはとりあえずご⾃宅でお待ちください」と⾔われ、学校を出てすぐ、両親(知華の祖⽗⺟)、姉に連絡を⼊れ、知華の訃報とともに沖縄へすぐに向かってほしい旨を伝えました。


気が動転し、うまくしゃべれず「どうしよう、どうしよう、知華が死んじゃった。知華、死んじゃったって…、どうしよう」としか⾔えませんでした。


⾃宅に戻りすぐ、何とかして知華を起こせないかと思い、知華のベッドを何度もたたきました。起きて、⽣きて戻ってきてって⾔いながら何度も何度も…


その後学校から連絡があり、「神⼾空港17時半の⾶⾏機が取れました。ツアー会社のM⽒と空港で待ち合わせて沖縄に向かってください」っと、その後の経緯はnoteに記載した通りです。


知華さんの姉
13時前、⺟から不在着信が⼊っていました。
嫌な予感がして5分後に折り返すと、電話⼝の⺟はとても震えた声で、「どうしよう、ともちゃん死んじゃった、どうしよう」と⾔っていました。


知華が修学旅⾏に⾏っていることはもちろん知っていましたが、あまりにも現実味がなくて、私の第⼀声は「何⾔ってるの?」でした。
それくらい、すぐには理解できませんでした。


それでも⺟の声は震えていて、もしかしたら本当なのかもしれないと思い、知華の携帯の位置情報を確認しながら、「辺野古事故」と検索しました。
そこで最初に出てきた記事には、「抗議活動に参加中の同志社⼤学⽣らが乗る船が転覆」といった内容が書かれていました。


その瞬間、頭の中が疑問でいっぱいになりました。
「抗議活動?修学旅⾏中のはずなのに、どういうこと?」と、まったく状況が理解できませんでした。


さらに、その記事のコメント欄には、今でも思い出したくないような⾔葉が並んでいて、何が起きているのか分からないまま、深く傷つけられたことを覚えています。


その後、沖縄へ⾏く準備をしてほしいと⾔われました。
でも、パニックになっていて、最⼩限の荷物をまとめなければいけないのに、何をすればいいのか分かりませんでした。電話を切った後も、知華が亡くなったということを現実として受け⽌めることができませんでした。


思わず同志社国際に電話を⼊れ、校⻑先⽣に直接、「妹が亡くなったって本当ですか。なんでですか」と聞きました。


納得できる答えが得られないまま、⽬の前がどんどん真っ暗になっていき、いてもたってもいられなくなり、友⼈に来てもらいました。その⼦が来てくれたおかげで、なんとか少し平常⼼を取り戻すことができました。


⽻⽥まで⼀緒に⾞で向かってくれて、その道中も、少しでも早く沖縄へ⾏くために航空会社に電話をかけ続けました。それでも、⼀番早く取れたのは17時発の⾶⾏機でした。


知華のところへ⼀刻も早く⾏きたいのに、どうしてもすぐには⾏けない。その時間が本当に⻑く、苦しかったことを今でも覚えています。


「何かの間違いであってほしい」突きつけられた現実

Q.知華さんと対⾯した際の心境について


知華さんの母親
対⾯するまでは、顔に傷がないか、体の傷はひどくないのか、本当に知華なのか、といろいろと不安でした。実際に対⾯した時は、現実なのだと、なんで、なんで、死んでいるのって、傷も私たちの想像以上でした。いたかっただろうし、怖かっただろうし、苦しかっただろうし、と涙が⽌まりませんでした。


実際は死亡確認された死亡時刻よりもっと前に息を引き取っていると思います。亡くなってから約12時間後の対⾯となりました。遅くなってごめんね、⼀⼈で寂しかったよねと声を掛けました。


知華さんの姉
現地に向かっている間も、まだどこかで信じられていませんでした。
「何かの間違いであってほしい」「知華じゃありませんように」とずっと思っていました。対⾯するまでは、知華がどんな状態なのか、本当に知華なのか、怖くて仕⽅がありませんでした。


でも実際に知華と対⾯した瞬間に、これは現実なのだと突きつけられました。
知華の姿を⾒て、「怖かったよね」「痛かったよね」「苦しかったよね」と思うと涙が⽌まりませんでした。


修学旅⾏に⾏っていただけの妹が、どうしてこんな姿で帰ってこなければならないのか、今もまだ受け⽌められません。姉なのに、知華が⼀番怖かった時にそばにいてあげられなかった。1時間も冷たい海の中に⼀⼈でいた。


その無⼒感と後悔は、今もずっと残っています。
対⾯した時は、「遅くなってごめんね」「⼀⼈にしてごめんね」と声をかけることしかできませんでした。


Q.学校による説明や今後取り組んでほしいことは


知華さんの母親
特別調査委員会の調査中だから答えられないではなく、もっと積極的に事実を把握し、整理してこの3か⽉で何を変えたのか、何を変えるべきと思ったのか、これからどう変わるのかを保護者に説明してほしいと思っています。


同時に偏向教育と認定された教育内容に関しても⽣徒に学ばせた偏った思想とは反対の意⾒を教えることで⽣徒が⾃分たちの考えを再考できるようにしてほしいと思っています。


Q.船舶の登録状況などについて報じられている点について


知華さんの母親
知床の事故からの教訓が活かされず、18名の⽣徒の命を危険にさらしたこの事故は、防ぐことができたはずの事故であったと思いました。遵法精神に⽋けることが許され続けてはならないと思いました。


Q.今後の調査や検証において明らかにしてほしいと願っていることや社会全体に伝えたいことは


知華さんの母親
学校⾏事が必ず安全に運営されるということはないということが今回の事故で明らかになったと思います。何処へ⾏きどんな活動をするのか、どんな話を聞くのか、学校の安全管理体制、引率の先⽣は名簿と顔が⼀致しているのかなど親が最⼤限に関与せねば⼦供の安全が守れないのが現状です。


この現状を認識し⼆度とこのような事故が起こらないためにも、積極的に課外活動や教育内容について学校に問い合わせを⾏ってほしいと思っています。


Q.平和教育に関する発信について


知華さんの母親
平和教育はとても⼤事だと思っております。様々な視点から学び考え真の平和を維持するために必要なことは何かを⽣徒が学べるように、現状を変えていく必要があると思っております。


知華さんの姉
平和教育そのものを否定したいわけではありません。
命の⼤切さや、戦争の悲惨さ、社会の問題について学ぶことは、とても⼤切だと思っています。


ただ、平和教育というものは、本来、両⽅の⽴場や複数の意⾒に触れてこそ成り⽴つものだと思います。⼀⽅の⽴場だけを教えたり、特定の考え⽅に誘導したりするものは、平和教育とは⾔えないのではないかと感じています。


⼦どもたちが⾃分の頭で考え、異なる意⾒にも触れたうえで、⾃分なりに社会や平和について考えていくこと。それが本来あるべき平和教育だと思います。


今回、保護者や⽣徒に対して、実際にどのような船に乗るのか、誰が運航しているのか、どのような活動に関わる可能性があるのかが⼗分に説明されていたとは思えません。


教育という⽬的があったとしても、説明責任や安全管理が曖昧にされていい理由にはならないと思っています。


私たちが求めているのは、平和教育をなくすことではありません。
⼦どもたちが安全に、そして偏った⼀⽅的な情報ではなく、さまざまな⽴場を知ったうえで、⾃分で考えられる教育であってほしいということです。


知華は、平和を学びに⾏ったはずでした。
それなのに、命が守られない形で、命を奪われて帰ってくることになってしまった。この⽭盾を、家族としてどうしても⾒過ごすことはできません。


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武石知華さんのお姉さんにインタビュー取材した内容はnews23の放送でお伝えしました。


「知華のいない世界で生きなければ」辺野古転覆事故から3か月 亡くなった女子高校生の家族がいまの思い語る【news23】


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