
入管施設に収容された人の処遇にも国際人権基準「マンデラ・ルール」を尊重すべき--日系ペルー人の男性(故人)が、現・大阪出入国在留管理局(大阪入管)に収容中、不当に長時間“後ろ手錠”をかけられ負傷したとして国に賠償を求めた裁判で、今年6月、大阪高裁の田中健治裁判長は「13時間に及ぶ“後ろ手錠”は違法で、男性はその間に入管職員によって腕を骨折した」と認定、国に慰謝料など88万円の支払いを命じた。
【写真を見る】“後ろ手錠”13時間で骨折…大阪入管は「違法な身体拘束」 高裁判決が重視した国際人権基準「マンデラ・ルール」と問われる収容のあり方【“知られざる法廷”からの報告】
注目されるのは、判決が「マンデラ・ルール」を踏まえている点だ。「知られざる大阪高裁の法廷」から判決の意義を追った。(元TBSテレビ社会部長 神田和則)
「身体の自由を大きく制限され、睡眠を著しく妨害…」
訴えていたのは日系ペルー人3世の故ブルゴス・フジイ・ブラディミル・フアン・ホセさん(以下、フジイさん)。
フジイさんは在留資格を失い退去強制令書が発付されるなどして、2017年8月、大阪入管に収容された。
大阪高裁判決によると、フジイさんは他の収容者と一緒に、毎日のように続く同じ内容の昼食に改善を要望していたが、何も変わらなかったことから、同年12月20日、不満を訴え、収容室に駆け付けた職員に対し、いすを肩の高さまで持ち上げて大声で「入るな」と叫んで威嚇したり、詰め寄ったりした。フジイさんは押さえつけられたものの激しく抵抗、1回目の“後ろ手錠”をかけられて保護室に連れて行かれた。約1時間半後、入管職員は落ち着いたと判断して手錠を外した。
同日午後9時過ぎ、フジイさんが扉を叩いて大きな声で職員を呼ぶなどした後、職員が保護室に入ろうと扉を開けた途端、歩き出して室外の床に足を踏み出したため押し戻され、床にうつ伏せにされた。職員は「言うことを聞くのか、どっちや」などと言って、再び“後ろ手錠”(2回目)をかけた。
以降、フジイさんは翌日正午前まで約15時間、“後ろ手錠”の状態に置かれた。その後、フジイさんは外部の病院で左腕の骨にひびが入っていると診断された。
2025年4月、1審大阪地裁(堀部亮一裁判長)は、入管の処遇規則では、手錠などは「自傷他害や器物損壊のおそれなどの一定の要件があることを前提に必要最小限度の範囲でのみ使用できる」と定められ、また使用要領は連続して8時間を超える場合は所属長などの承認を受けなければならないとされているが、2回目の“後ろ手錠”について、フジイさんが静かになった後の6時間余りは「過剰な使用だった」と判断、国に慰謝料など11万円の支払いを命じた。
2審大阪高裁は2026年6月、2回目の“後ろ手錠”が違法とされる範囲を拡大して約13時間と認定、「夜遅く就寝する時間帯から翌日の昼まで“後ろ手錠”が継続されることによって身体の自由を大きく制限され、睡眠を著しく妨害され、飲食や排せつにも支障を来しうる状況に長時間置かれた。精神的苦痛は甚大」と述べた。
さらに「違法な身体拘束中、警備官(職員)の有形力行使によって加療に約1か月を要した左上腕骨骨幹部骨折という傷害を負った」とも認めて、国に慰謝料など88万円の支払いを命じた。
収容されたとしても人としての尊厳を守る「マンデラ・ルール」
大阪高裁判決で注目されるのは、手錠の使用が違法かどうかを判断するにあたり、「マンデラ・ルール」(国連被拘禁者処遇最低基準規則)を踏まえている点だ。
国際人権法が専門の明治学院大・阿部浩己教授によると、「マンデラ・ルール」とは受刑者の処遇に関する最低限の国際基準を定めたもので国連総会(2015年)で採択された。「収容された人であっても管理の対象ではなく、人としての尊厳を大切にすることが大原則で、世界中どこにいても、この基準を外してはいけないとの考え方に立つ」という。
南アフリカで27年間投獄されながらも、反アパルトヘイト(人種隔離政策)運動指導者として人権の大切さを訴え続け、後に大統領になったネルソン・マンデラ氏の功績に敬意を表して名付けられた。
フジイさんの弁護団は、1審段階から「マンデラ・ルール」のほか、日本にとっても法的拘束力がある国際人権条約「自由権規約」や「拷問等禁止条約」をもとに入管職員の行為の違法性を主張した。しかし、1審判決はこの主張をまったく顧みなかった。
一方、大阪高裁は、判決で「マンデラ・ルール」を引用して、拘束具の使用にあたっては、身体拘束された人が「自分や他人を傷つけ、または財産に損害を与えることを防ぐため、他の方法がない場合に、施設長の命令によって」実施されるなど限定された状況を挙げるとともに、使用が認められる場合の3つの原則をはっきり示した。
(a)拘束具は、制限されない動きによって生じる危険に対処する、より制限的でない制御形態では効果がない場合にのみ用いられるものとする。
(b)拘束の方法は、生じている危険の程度および性格に基づいて、被拘禁者の動きを制御するために必要かつ合理的に利用可能な、最も侵襲性の低い形態でなければならない。
(c)拘束具は、必要な時間のみに用いられ、かつ制限されない動きによって生じる危険がもはや存在しなくなった後には、できる限り速やかに取り外さなければならない。
硬い言い回しだが、要するに、拘束具が認められるのは、それ以外の方法では収容された人の危険な動きを防ぐのに効果がない場合のみで、その方法は必要かつ合理的で最も体に負担をかけない形でなければいけない。拘束は必要な時間のみで、危険な動きがなくなれば、できる限りすぐに外さなければならない。
そのうえで大阪高裁判決は、「『マンデラ・ルール』は批准、発効した条約ではなく法的拘束力を有しないが、各国の行刑立法(注・刑務所や拘置所などの刑事施設における受刑者や未決拘禁者の処遇、管理などについて定める法律の制定)および実務運営にあたって指導理念として尊重され、努力すべき国際的な基準として広く認められてきた」と指摘。「拘束具の使用に関して厳格な定めを置いて被拘禁者の人権を可及的に(できる限り)保障しようとした趣旨は尊重されなければならず、本件もそのような観点を踏まえて判断する」と「マンデラ・ルール」を基準に据えた。
これを受けてフジイさんに対する拘束がどうだったのかの検討に入り、2回目の“後ろ手錠”のうち、「自傷他害のおそれが相当程度低減していた20日午後11時頃以降(の13時間)は、“後ろ手錠”によらなければ制止することが困難だったとは言えないし、さらに継続することが必要最小限度の範囲内にとどまるとは言えない」と認定、“後ろ手錠”の使用継続は違法と判断した。
「マンデラ・ルール」は入管施設にも及ぶ
明治学院大の阿部教授は大阪高裁判決を「日本の入管施設の実務にとって非常に重要な判決」と見る。
「これまで『マンデラ・ルール』は、刑務所など刑事拘禁施設を念頭に置いて語られてきたところがあるが、入管施設も決してブラックボックスではなく国際的な人権のルールが及ぶのだと裁判官が明確に示したのは意義深い。弁護団の闘いの成果」と高く評価した。
ただ一方で、「今回の2回目の“後ろ手錠”は、夜中から翌朝を越えて長時間続いているうえ、入管職員が骨折までさせている。まさに非人道的処遇そのもので、こうした処遇を絶対的に禁じた国際人権条約である『自由権規約』などが適用され得るケースと言ってよい。裁判官は、『マンデラ・ルール』を参照しつつ、日本に順守義務がある国際人権条約違反と判断できたのではないか」と提言した。
そして「拘束具は最後の手段だが、入管は収容された人の尊厳よりも力による制圧に一直線に進んでいる。収容する側の意識や文化を根本的に変えるようにと訴えている『マンデラ・ルール』を、裁判所が入管収容に適用したことは重要で、今後の入管のあり方が問われている」と強調した。
「にゅうかんのたんとうさんは、ぼうりょくをしないでください…」
国側は上告を断念、判決は確定した。フジイさんは勝訴判決を聞くことなく2023年4月、病気で他界した。
2020年10月、1審の第1回口頭弁論で、弁護団は「今回のフジイ氏は、確かに模範的な行動をしていたわけではありません。入管からすれば、反抗的な被収容者であったでしょう。しかし、だからと言って、このような状態に被収容者を置くことが、はたして許されてよいのでしょうか」と述べた。そのとおりだと思う。
同じ日、生前のフジイさんが法廷で意見陳述している。原稿に残された言葉を、最後に紹介したい。
「にゅうかんのたんとうさんは、がいこくじんに、ぼうりょくをしないでください。ぎゃくたいをしないでください。がいこくじんに、どうぶつみたいな、あつかいを、しないでください」
<自由権規約第7条>
何人も、拷問又は残虐な、非人道的な若しくは品位を傷つける取り扱い若しくは刑罰を受けない。
<自由権規約第10条>
1 自由を奪われたすべての者は、人道的にかつ人間の固有の尊厳を尊重して、取り扱われる。
<“知られざる法廷”からの報告>
裁判所では連日、数多くの法廷が開かれている。その中には、これからの社会のあり方を問う裁判があるが、人知れず終結することも少なくない。“知られざる法廷”を掘り起こして報告していきたい。
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