非常戒厳をめぐり、韓国史上初めて逮捕された尹錫悦大統領。弾劾裁判の行方や、国内での分断の深刻化、次期政権を見据えた日韓外交や経済の重要ポイントをエコノミストと韓国を取材した記者が探りました。
与野党支持率逆転の背景に「左派の党利党略」
「尹大統領が身柄を拘束されているので “欠席裁判”で進むことになります」第一生命経済研究所の主席エコノミスト・西濵徹さん(新興国担当)は、弾劾裁判について、こう解説します。
「とんとん拍子で審理が進む可能性はありますが、一方で大統領が不在で徹底抗戦できない状態が続き、裁判の中身が煮詰まらない可能性もある」
「今後は、大統領権限として非常戒厳を宣布したことが内乱罪に当てはまるのかが焦点でしょう。尹大統領側は、大統領はそもそも国家元首で権力者なので、内乱を起こすのは理屈としては通らない、と詰めていくことになるでしょう」
「野党・国会側は国内を混乱させた点、また非常戒厳は要件を満たしていなかったのでは、という点を法律論で攻めると見ています」
裁判が長引けばどちらに有利な展開になるのでしょうか。
「なかなか難しいところです。次期大統領選への出馬が取り沙汰される最大野党『共に民主党』の李在明代表自身も汚職疑惑などで訴訟を抱えており、自身が有罪になり出馬資格を失う前に尹大統領の弾劾裁判を早く進める狙いがあるという見方もできます」
「つまり、裁判が延びるほど野党にとって望ましくない可能性もある。こう着状態はどちらも利する環境にはならないかもしれない」
激しい政治対立、社会分断の背景には何があるのでしょう。韓国ギャラップの1月17日の世論調査では与党「国民の力」の支持率は39%となり、5カ月ぶりに野党・共に民主党の支持率36%を上回りました。国民の力が支持率を急回復させ、非常戒厳以前の構図に戻った形です。
「非常戒厳は尹大統領・与党への反発につながりましたが、その後の首相の弾劾訴追や大統領の身柄拘束は、李在明氏の立場が危うくなる前に大統領選に持っていきたい左派(野党側)の党利党略のようなものに見えてしまった。それにより分散していた右派の支持が固まったと考えています」
非常戒厳後の動きを韓国で取材したTBSの李民和記者もこの見方を補強します。「尹大統領への反発心が必ずしも李在明氏への支持に行くとは限らない。李氏も裁判中というリスクを抱えていますし、『誰も選びたくない、選べない』という不安が(国民には)あります」
年齢や地域など、韓国国内での様々な分断の中で、李記者が強調するのは男女間の分断です。
「若い男女の分断は深刻です。2022年の大統領選で尹陣営は若い男性層をうまく取り込み僅差で選挙を制しましたが、そのときは彼らの“逆差別”などへの不満を利用しました。男女間の若い世代を利用したが故に、深刻な断絶が起きていると感じます」
「“2030女性”というキーワードがあります。文字通り20代30代の女性のことですが、同じ大学を出ても、男性の給料が高いことなどの格差に声を上げてきました」李記者は大統領の非常戒厳に反対するデモの参加者もそうした20代30代の女性が圧倒的に多いと指摘します。
西濵さんはこの対立の激化やデモの盛り上がりを別の側面から説明します。「前回大統領選では本来は経済政策でリーダーシップを発揮すべきときに左右両派は互いのスキャンダルの話を繰り返していて、とりわけ若い人たちはうんざりして今に至っていた。それが現在の“爆発“の一端になっている」
そんな中、世論調査では次期大統領候補として李在明代表が支持率トップを走っています。
"韓国のトランプ"との付き合い方…左派政権は投資締め付け?
「李氏は“韓国のトランプ”と揶揄され、最近態度を軟化させているというニュースもありますが、日本にもどぎついことを言ってくる。日本としては“反日・親日”的な言葉に脊髄反射的に反応してしまう面はありますが、彼自身が何を言うかだけでなくどういう行動で、どう日韓関係なりの先行きを見据えているのか判断していかなければいけない」
「北朝鮮問題やアメリカのトランプ新大統領など不確定要素が多い中、日韓は固まっておいた方がいい状況が多い。“手を握れる“かどうかを冷静に見る必要があると思います」
韓国経済では今後どこに注目すべきでしょうか。
尹政権は海外からの投資呼び込みに積極的だったと西濵さん。「仮にこれが左派政権に転じると、財閥企業に対する締め付けなどに動く可能性もあり、韓国に投資をする企業にとってもスタンスが厳しくなる懸念はある。実際の動きを見ながら、ビジネス面で関係を深めるのか、現状維持なのかを考える必要があります」
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