
メディア論を専門とする大学教授が学生とともに韓国のテレビドラマ等の制作現場を訪れた。日本にいてはわからない現地の状況はー。同志社女子大学メディア創造学科・影山貴彦教授による寄稿。(画像は、訪問したハンリム芸能芸術高校での歓迎の横断幕。「同志社」のスペルミスはご愛敬)
【写真を見る】韓国エンターテインメント制作の現場見学記~“世界を射程”のアクティブさに驚き~【調査情報デジタル】
学生に大人気の韓国エンターテインメント研修
2025年9月6日から14日まで、勤務する同志社女子大学の学生たち34名を引率して、韓国研修へ行って参りました。大学の正規の科目として単位が授与されるということもあって、毎回多くの希望者が集まります。
今年も100名を超えるエントリーがあり、引率する川田隆雄先生と私とで書類選考と面接を行い、3分の1ほどに絞り込んだのでした。改めてK-POPを始めとする韓国エンターテインメントの勢いを感じるところです。
本来、韓国研修は2年に1度の実施なのですが、少しでも多くの学生たちの希望を叶えるため、来年度も続けて実施することが先だって決まりました。こうした人気を耳にした東京のある有名大学からは、「我が大学にも細かなノウハウを教えて欲しい」と打診があったほどです。
川田先生は韓国研修の総合プロデューサーであり、韓国を始めとしてタイ等、アジアのエンターテインメントに広く精通した気の合う同僚です。私の方は基本ドメスティックな人間で日本のエンターテインメントが専門なのですが、今回3度目となる韓国研修では、毎回刺激を受けることが多数あり講義や研究に生かしています。
「近くて遠い国」と時に例えられるように、韓国と日本は互いの相違点が報道されることが多い印象がありますが、正直両国の文化、とりわけエンターテインメントにおける親和性を感じることがしばしばあります。今回の小文においては、私が肌で感じた「近くて近い」ニッチで柔らかいエピソードを中心にお伝えできればと思っています。
歴史大作は減っている韓国ドラマの現状
9日間の研修ではさまざまなエンターテインメントプログラムを用意しており、学生たちは休む暇なくそれらと向き合っていきます。
韓国でドラマプロデューサーとして大いに活躍している2人に講演して頂くことができました。いずれも韓国を代表する制作会社に所属しており、おひとりはベテラン、もうおひとりは新進気鋭の方です。
読者の中には、韓国ドラマといえば歴史的な長尺もの、日本でいうNHK大河ドラマのような作品を連想する方がいらっしゃるかもしれません。ですが現在韓国のドラマでは、そうした大作・長尺ものの数は随分減っています。年長のプロデューサーは、その理由について端的に「視聴率が取れないこと」、「制作費がかさむこと」を挙げてくれました。若手のプロデューサーの方は、もはやそのジャンルのドラマ制作の経験さえしていないようでした。
では、恋愛系を始めとする人気ドラマの現状はどうかと言えば、概ね現在では視聴率5~10%にとどまっている作品がほとんどを占めているとのこと。ですが、韓国ドラマが苦境に立たされているというのは早計で、リアルタイム視聴の減少や視聴者が好む番組が分散化していると捉えた方がいいと思います。
ただ、韓国においても若者を中心としたテレビ離れが年々進んでいることは間違いないところです。そうした傾向も、まさに日本と近しいと言えるでしょう。
韓国ドラマの現状を聞き、学生たちは正直私たちほど衝撃を受けている様子はありませんでした。2年前の研修参加者に比べて、彼女たちの興味はドラマよりも、さらにK-POPの方に集中している事実が大きいせいもあるのだろうと感じました。
かつては、出たとこ勝負的に現場で脚本を作ることさえ珍しくなかったとも聞く韓国ドラマですが、ベテランプロデューサーからは、「ドラマ制作において一番重要な要素は『脚本』です」との言葉がありました。「私も大学の講義で学生たちにそう伝えています」とお応えしたのでした。
ドラマ制作の苦労は日韓共通
ドラマ制作上のエピソードやこぼれ話も、日韓問わず類似性があるものです。
若手プロデューサーの方は、講演前日、少々やっかいな俳優につかまってしまい?愚痴を何時間も聞かされていたという話を面白くしてくれました。「それこそがプロデューサーの仕事です!」と語る彼の話を聞く学生たちの顔は真剣そのものです。「プロデューサーはトラブルが生じた時にこそ存在価値が生まれる」とは、業界内で良く言われることですが、このあたりも両国の制作現場の空気感に大差はないようです。
いかにも温厚そうな年配のプロデューサーに「腹を立て怒鳴ってしまうことはありませんか?」と講演の後でお聞きしたところ、彼は「私にも、妻と子がいますので」と、笑顔で返してくれました。その言葉を聞き、私自身の未熟な作り手時代のことを思い出したりもしたのでした。演者・スタッフとしっかり向き合い、現場の空気をポジティブにする大切さを学生たちはしっかり理解したようでした。
後日、別のプロデューサーと食事を共にしながら、「韓国のエンタメ界で活躍する演者・作り手の皆さんは、世界を強く意識している点が素晴らしいですね」と申し上げたところ、「影山さん、私は逆に日本の皆さんが、自国のマーケットだけでビジネスが成立している点がうらやましいです。韓国の人口はおよそ日本の半分ということもあり、海外で勝負をせざるを得ないという一面があると思います。フルスピードで疾走しているイメージの強い韓国のエンターテインメントですが、そのスピード感を時に見直してみる必要もあるのでは?とあくまで個人的にですが考えることがあるのです。心のゆとりとでも言いましょうか。私が日本のエンターテインメントが好きなせいもあるのでしょうが」と、しみじみと答えてくれました。
彼はプロデュース業務をこなしながら韓国の大学院でメディアについて学んでいて、修士号を取得したところだと教えてくれました。今後日本の大学院へ進むことを目指しているそうです。もちろん日本も世界を意識しなくてはならないフェイズに完全に入ってはいますが、まだまだ日本のエンタメ界は、自国を主戦場として成立していると映るに違いありません。
近年、互いの国の俳優をキャスティングした「日韓共作ドラマ」や、韓国ドラマの日本版を制作するスタイルが見られます。いささか拙速というと関係者の皆さんにお叱りを受けそうですが、もう少し時間をかけ腰を据えて臨んでみてはどうかと思うところです。
まずはそれぞれが抱えている環境を深く理解し合い時に悩みを吐露することで、作品制作の魅力あるソースが醸造されるはずです。韓国の制作者たちが、日本を始め他国のエンタメ作品研究に極めて熱心なことに、研修に行くたびに感心させられます。
韓国の音楽番組はリハーサルも公開
学生たちが研修のなかで最も楽しみにしていたのが、韓国人気音楽番組のスタジオ観覧でした。ここで興味深いのは、韓国では番組収録の観覧のみならず、そのひとつ前のリハーサルの様子もファンたちに公開している点です。ライブで言えばさしずめ、「ゲネプロ」を一般の人々に見せるといったところでしょう。
彼女たちのテンションは当然マックス。中には「推し」のアーティストと対面でき、涙ぐんでいた教え子もいました。カメラワークは日本の音楽番組よりもアメリカのそれに近く、ダイナミックさをより演出している印象です。
そして収録が、いわゆる「順どり」ではなく、コーナーごとに翌週分、場合によってはそれ以降もまとめ撮りしておき、後に編集でつなぎ合わせて放送している合理的な様子も見て取れました。熱くなっている学生たちに、「そういうところもしっかり押さえといてね」と伝えたところです(笑)。
ファンサービスが徹底している韓国のアーティスト
研修では、韓国の著名な芸能プロダクションを訪れ、そこに所属するアーティストたちのレッスンの模様を見学したり、直接教え子たちとコミュニケーションを取ってもらうというプログラムも組んでいるのですが、驚くべきは、彼らのファンサービスの徹底ぶりです。
これから世に大きく売り出していくアーティストだからということはもちろんありますが、学生たちの質問にひとつひとつ丁寧に答える真摯な態度は、正直申し上げて驚くほどでした。
一昨年訪れた事務所のアーティストたちから、ひとりひとりに一輪の薔薇をプレゼントされるというサプライズを受けた教え子たちは、頬を赤らめ「デビューが決まったら絶対応援します!」と言っていました。
「ペインターズ」と呼ばれるライブ公演も毎回鑑賞しています。舞台をアトリエに見立て、さまざまなアート作品をその場で完成させていくパフォーマンスは圧巻です。
海外からの観光客を取り込んだビジネススタイルが功を奏しているようですが、こちらも感心するのはファンサービスのきめ細やかさです。公演前にはステージ上のビジョンに「ようこそ!同志社女子大学の皆さま」と大きく映し出してくれ、川田先生の尽力で、公演後のパフォーマーたちと共に食事をする機会にも恵まれました。
その際私は、総合プロデューサーである社長と頼りない英語でお話することができたのですが、そのエネルギー、アクティブさに驚くばかりでした。端的に申し上げれば「世界」を完全に射程としているということでしょう。パフォーマーたちも、将来有名俳優やアーティスト、さらに世界的な舞台を目指す若手たちが中心です。
夢に向かって全力を尽くす姿はもちろん尊いですが、道半ばで方向転換する人も少ないとは言えません。もちろん日本も似た部分はありますが、そのシビアさは韓国の方が強いと感じます。私たちのことを「うらやましい」といったプロデューサーの言葉をふと思い出しました。
最後に韓国の学校との交流について少しだけ記します。
韓国の大学や高校における研修プログラムでは、東亜放送芸術大学(DIMA)、梨花女子大学、そしてハンリム芸能芸術高校を表敬訪問します。中でも東亜放送芸術大学では、年によって異なりますが、数日間をかけ韓国のエンターテインメントを学び、修了書が学生たちに授与されます。
東亜放送芸術大学は、放送・映像・音楽・演技・舞台・K-POPのジャンルで韓国エンターテインメントをけん引するアジア屈指のエンターテインメント専門大学として知られており、あの「イカゲーム」も大学内のスタジオで撮影されています。
研修でのご縁が深いことも奏功し、このたび同志社女子大学と学術連携協定を締結したところです。来年度以降は、更に充実したプログラムが実現するはずです。
<執筆者略歴>
影山 貴彦(かげやま・たかひこ)
同志社女子大学メディア創造学科教授 コラムニスト。
毎日放送(MBS)プロデューサーを経て現職。
朝日放送ラジオ番組審議会委員長。
日本笑い学会理事、ギャラクシー賞テレビ部門委員。
著書に「テレビドラマでわかる平成社会風俗史」、「テレビのゆくえ」など。
【調査情報デジタル】
1958年創刊のTBSの情報誌「調査情報」を引き継いだデジタル版のWebマガジン(TBSメディア総研発行)。テレビ、メディア等に関する多彩な論考と情報を掲載。原則、毎週土曜日午前中に2本程度の記事を公開・配信している。
・「インフルにかかる人・かからない人の違いは?」「医師はどう予防?」インフルエンザの疑問を専門家に聞く【ひるおび】
・【全文公開】“ラブホテル密会” 小川晶・前橋市長の謝罪会見【後編】「どちらからホテルに誘うことが多かった?」記者と小川晶市長の一問一答(9月24日夜)
・「あんな微罪で死ぬことはないだろう…」逮捕直前にホテルで命を絶った新井将敬 衆院議員「この場に帰って来れないかもしれないけども、最後の言葉に嘘はありませんから」【平成事件史の舞台裏(28)】
