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田原俊彦、若き自分にライバル心「あれには勝てないけど負けたくない」 ジム通いせず保つ体型もアイドルとしての自負

エンタメ
2026-06-12 18:00
田原俊彦、若き自分にライバル心「あれには勝てないけど負けたくない」 ジム通いせず保つ体型もアイドルとしての自負
新曲「ナニコレ最高!!!」でキレキレ足上げダンスを披露する田原俊彦 (C)ORICON NewS inc.
 歌手の田原俊彦が、6月18日に放送されるBS11の音楽番組『鶴瓶のええ歌やなぁ』(毎週木曜 後8:00)にゲスト出演する。落語家の笑福亭鶴瓶とフリーアナウンサー・八木亜希子がタッグで送る、名曲にまつわる秘話からプライベートまで「歌」と「人生」を丸裸にする大人の歌謡&トーク番組の収録現場に、オリコンニュースが取材を敢行。鶴瓶と長年の付き合いである田原はリラックスした雰囲気でトークを楽しみ、さらに歌唱パートでヒット曲メドレーを2回にわたってパフォーマンス。収録終了後にテンションMAXのまま取材場所に姿を現した。

【動画】田原俊彦、14曲ヒットメドレーを歌ってもパワフルなトシちゃん節披露

■事務所前を“ウロウロ”して直談判!?

 スタジオ収録では、「若い頃、鶴瓶にはかわいがってもらった」と振り返り、呼び捨てでも許し合える間柄ならではのユーモアたっぷりのやりとりで再会を喜んだ田原。一方の鶴瓶も、田原が27、8歳の頃に開催したディナーショーに、田原のファンという妻と共に訪れた思い出を明かした。「付き合いが長いから(こうやって会えるのは)うれしい」と笑顔を見せた。

 トークは、中学生の頃から歌って踊るのが好きだったという田原の原点である「ジャクソン5」やマイケル・ジャクソンのエピソードからスタート。「楽しそう。僕も歌って踊りたい」と抱いた純粋な衝動が、芸能界を目指すきっかけだったと明かす。

 そんな田原は、デビューのチャンスをつかむためにさまざまな作戦を考えた。そして、思いついたのは、高校1年のある夏の日に、自ら中央線に乗り、山梨から上京。事務所前をオーバオールに真っ赤なトレーナーを着てウロウロすること。「何往復しても、声をかけてくれない。なんでだろうと思っていた(笑)」と振り返る。

 しかし、その“奇行”に気づいた当時のスタッフから話しかけられ、レッスンに通えるようになったという。その後、音楽祭でスターにマイクを渡す係を務めていたことや「フォーリーブス」のおりも政夫の付き人をしていたなど、下積み時代のエピソードを次々と披露し、鶴瓶と八木を驚かせる。特におりもの付き人をしていた際に感じた、「幕が上がる瞬間の地鳴りのような歓声には鳥肌が立った」と語る田原が印象的だった。

■「休んだ記憶がない」 生放送と深夜レコーディングに追われた日々

 田原に巡ってきた最大の転機が、ドラマ『3年B組金八先生』のオーディション。田原が言うには本来、生徒役には年齢制限があったが、「年齢を一つ下げて」と言って臨んだことを、今だからこそ明かす。そこで近藤真彦(マッチ)、野村義男(よっちゃん)と「たのきんトリオ」として人気を博すことになったのは、多くの人が知るところだろう。

 その後、ドラマ終了を待たずレコーディングが決まり、1980年6月21日に「哀愁でいと」で歌手デビューを果たすことになった田原。そこからの数年は「休んだ記憶がない」と振り返るほど、当時のタイムスケジュールは、現代の常識では計り知れないほど過酷なものだった。

 田原が、「朝8時の取材から始まり日中はドラマ撮影で、夕方からは『夜のヒットスタジオ』や『ザ・ベストテン』といった生放送番組へと飛び込み、深夜にはレコーディングやラジオ番組の収録が待っている。当時は生放送が多かったことや、1日の終わりのラジオの現場がてっぺん(深夜12時)を回る頃で、ようやく一息つけるのが日常だった」と回顧。今では考えられないほどの過密ぶりに、鶴瓶と八木は驚いた表情を浮かべていた。

■「俳優業」、そして「歌手業」 田原俊彦が語った現在地

 トークは田原の俳優業にも及んだ。『3年B組金八先生』では卒業式のシーンで涙した思い出を明かし、教師役を演じて大ヒットを記録した主演ドラマ『教師びんびん物語』についても言及。最終回の卒業式のシーンを振り返り、「ともに過ごした生徒たちとの日々を思い出して、グッときて泣いちゃいました」と、撮影当時のエピソードを語った。

 数々のヒット作に出演してきた田原だが、八木から「もう芝居はやらないのですか?」と問われると、「考えていない」と即答。「今は歌って踊ることに専念したい」と、現在の率直な思いを明かした。

 今年も全国18ヶ所を巡るライブツアーを予定しており、「苦しいです」と冗談交じりに笑わせながらも、「ファンやスタッフのためにも、気合いでいきます!」と力強く宣言。何よりファンの笑顔が自身の原動力になっていると、終始笑顔で語った。

 また、デビュー当時と変わらぬスタイルを維持する秘訣(ひけつ)については、「めっちゃ歩いています。1日1万歩は歩いている。雨の日はベランダを歩きます」と明かし、鶴瓶と八木を驚かせる場面もあった。

 俳優として一時代を築き、現在は歌手としてステージに立ち続ける田原。その変わらぬ情熱とサービス精神あふれるトークで、スタジオを大いに盛り上げていた。

■オリジナルキー&振り付けで完走!  鶴瓶と八木が「化け物」と感嘆した圧巻のメドレー

 収録のハイライトは、スタジオ中を震撼させた2つのパートに分かれて披露された全14曲で構成されたヒットメドレーだ。1本目のスペシャルメドレーは、トークでも話していた自身も思い入れのある「哀愁でいと」から始まり、「NINJIN娘」「ハッとして!Good」など、デビュー当時の珠玉のナンバー全8曲を披露。オリジナルキーと振り付けのまま踊りきる姿に、鶴瓶と八木からは「化け物」と感嘆の声が漏れていた。

 圧巻の田原のパフォーマンスについて、八木は「リハーサルから滝のように汗をかいていて」と驚がく。田原は「僕の歌は8~9割に振りが付いていてバラードはほんの少し。だからメドレーを作るとああいうことになっちゃう(笑)」と楽しそうに応じた。

 第2弾は「ごめんよ 涙」でスタートし「抱きしめてTONIGHT」という『教師びんびん物語』の楽曲で挟まれた、全6曲のメドレー。田原の代名詞である鮮やかな足上げなどが華麗にさく裂するも、「もう許して~!」と叫び、現場の笑いを誘う。八木が「リハーサルでは汗をかいていたのに、本番はまったく出ない」と指摘すると。「まったく出なくて、本番が終わった後に出る」と田原。「本番中は体がこらえているのでしょうね」と田原は語った。

 収録の最後には今年6月リリースの新曲「ナニコレ最高!!!」を披露。ダンサーたちとの一糸乱れぬパフォーマンスを見せ、表現者としての矜持(きょうじ)を感じた。

■変わらず走り続ける田原俊彦の現役感とファンへの誓い

 収録後、田原に収録の感想や現在の活動について話を聞いた。

――収録、お疲れさまでした。振り返っての感想をお聞かせください。

【田原】 久しぶりに鶴瓶師匠とお会いできるということで、楽しみにしてやってきました。八木さんとはここ何年か仕事でご一緒する機会が増え、去年は僕の夏のライブも見に来てくださったご縁もあって。トークはいつも以上に盛り上がりました。

――メドレー2本と新曲を披露されました。

【田原】 俺を殺す気か~!(笑)。みんなカラオケで1曲歌っただけでもフラフラになるでしょう? パート1、パート2と、80年代、それから後期のメドレーという区分けでやりましたが、何しろ息つく暇もないというか。「哀愁でいと」から始まる楽曲は、ほとんどが振り付けのあるダンサブルな曲なので、メドレーでつなげるととんでもないことになるんですよ。リハーサルでエネルギーを使い果たして、本番はむちゃくちゃでした(笑)。

――田原さんが変わらず走り続けられている要因は何でしょうか。

【田原】 デビューして今年6月で47年目がスタートするんですけど、ジムに1回も行ったことがなくて。自分でも、なんでお腹が出ないんだろうと思います。思い当たることといえば、お酒を飲まないということぐらいですかね。甘いものも食べるし、食べ物に気を使ったこともないのに、周りからは「ちょっと痩せすぎじゃない?」と言われるので、一生懸命食べています。夜中にケーキを食べたり、ラーメンを食べたりもするんだけど、なんで太らないんだろうと、自分でも本当に不思議です。

――それでも体型を維持できている秘訣とは……?

【田原】 見られる仕事をしている人は、きっと誰でもそうだと思いますが、芸能界に関わっている人たちは、人生の7掛けぐらいの感じで平均して若く見える方が多いですよね。僕の場合で言えば、「田原俊彦思考」をやっていることで、フィジカルのコントロールを、無意識のうちにメンタル面からできているのかなと。しかも、それがキツくない。毎年休まずに活動しているエネルギーが、そうさせている部分も大きいのかなとは思います。

――その原動力になっているものを教えてください。

【田原】 そのモチベーションを作ってくれているのは、ファンの皆さんの支えです。それがあってこそ今の自分があります。応えるためにも、オーディエンスの皆さんに少しでもベストな田原俊彦の姿を見せたいという思いがあるので、しっかり自分でコントロールできている自負はありますね。

――では毎年“自己ベスト”を更新できているということでしょうか。

【田原】 エゴサすると、YouTubeとかで自分の映像がパーンって出てくるのよ。観ると27、28歳の田原俊彦はキレキレ。あれには勝てない。もうヤバいよね(笑)。でも負けたくない。その気持ち、現役感を保とうとしている自分がいる限り、続けていけるんじゃないかなと思います。

 僕らの仕事は、お客さんがいないと成立しないからこそ、期待を裏切れない。一度見て「たいしたことない」と思われたら、悔しすぎます。全国どこでも、その一回きりしか見られないお客さんがいたり、ファンクラブには入りたくても入れない方、子どもの頃に「トシちゃんのこと好きだったな」と思っていた人が、近くに来るから久しぶりに見に行こうと思ってくれたりする。そんなときは一期一会という思いでベストな僕を見せて、皆さんのいい思い出、メモリーにしてほしいなと。

 そうすれば何年後かに同じ街を訪れたとき、「トシちゃんが来るならまた行きたい」と思ってくれる。(自分の活動は)そういうことの積み重ねであり、今後も続けていければと自分でも期待しています。

――6月17日には新曲がリリースされますね。

【田原】 数えて82枚目のシングルになりますが、20年ぐらい前から、デビュー月の6月に毎年新曲をリリースするという約束ごとがあって。バースデーから始まり、ファンクラブのイベントがあって、新曲を制作して6月にリリースする。そして7月から全国ツアーに入り、クリスマスディナーショーで締めるという1年の流れが決まっています。

 今年の新曲「ナニコレ最高!!!」はファンキーミュージックで、サウンド的にはハードでラウド。ちょっとジェームス・ブラウンチックな派手さがありながら、真間稜さんという作詞家の方が書いてくださった世界観は、現在進行形の田原俊彦の思考をそのまま歌詞で表現してくれています。聴いてくださるファンの皆さんにも共感していただけるのではないでしょうか。ライブでは、サビの「ナニコレ最高!!!」の振りのほかにも、いろいろやってもらおうかなと考えているので、楽しみにしていてください。

――最後にファンの方へメッセージをお願いします。

【田原】 田原俊彦にとって6月はベリーインポータントな月でして、デビュー日の6月21日、そして親父の命日が6月23日……それは置いといて(笑)。6月は梅雨の真っ只中で、「哀愁でいと」が発売された1980年6月21日も雨でした。でも、雨降って地固まるということでね(笑)。

 今年も最高のパフォーマンスを皆さんにお届けするための準備を進めています。スタッフもバンドもダンサーも気合いが入っていますので、今年も皆さんといい思い出を作りたいと思っています。期待して待っていてください!

(取材・文:遠藤政樹)

■鶴瓶のええ歌やなぁ
BS11 毎週木曜 後8:00~8:57
<出演者>
MC: 笑福亭鶴瓶、八木亜希子
ゲスト:田原俊彦

■セットリスト
<スペシャルメドレー1>
1.哀愁でいと
2.NINJIN娘
3.ハッとして!Good
4.恋=Do!
5.哀しみ2(Too)ヤング
6.君に薔薇薔薇…という感じ
7.チャールストンにはまだ早い
8.原宿キッス

<スペシャルメドレー2>
1.ごめんよ 涙
2.LIFE IS A CARNIVAL
3.ジャングル jungle
4.雨が叫んでる
5.かっこつかないね
6.抱きしめてTONIGHT

<新曲>
ナニコレ最高!!!


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