
大分の地でプロの扉を叩いてから22年。浦和レッズの守護神・西川周作(40)が、8日に行われたJ1第14節・ヴィッセル神戸戦で、遠藤保仁氏の持つJ1歴代最多記録(672試合)を塗り替える673試合出場を達成した。
【写真をみる】「頑張って。西川選手も頑張るから」病室の子どもたちにエール
試合から2時間後、偉業達成の心境を問われた西川は、その道のりを一言で「感謝」と表現した。
「1人の力ではこの試合数は戦えなかったので。ファン・サポーターの方が応援してくれることは当たり前じゃないと感じている。一番近くで支えてくれる奥さんや子どもたちは僕のなかですごく大事で、できるだけ長く子どもたちにもパパの姿を見せ続けていきたい」
支えてくれる家族、そしてサポーターへの思いを胸に、西川は前人未到の領域へと足を踏み入れた。
ルーキーイヤーから異彩を放ったキャリアの幕開け
西川のプロキャリアは、鮮烈な記憶とともに始まった。2005年、大分トリニータに所属していた19歳のとき、J1デビュー戦でいきなり直接フリーキックを任されるという異例のスタートを切る。
その後、サンフレッチェ広島へと活躍の場を移した西川は、2012年から2013年にかけてチームのJ1連覇に大きく貢献した。
浦和への移籍、武器となったフィード、積み重ねた前人未到の記録
2014年、27歳となった西川は浦和レッズへの移籍を決断した。加入に際し、西川は「浦和レッズという素晴らしいチームで、素晴らしいサポーターの中であの声援を受けたいなと思いましたし、タイトルという目標を掲げてチームに貢献していきたいなと思います」と胸中を語っていた。
加入後もその進化は止まらない。2016年、30歳の時にはJリーグ史上初となるGKによる2戦連続アシストを記録。左足から放たれる高精度なキックについて、西川自身も「(ロングフィードは)チームに貢献できる1つの武器だと思っています」と語る通り、攻守両面で存在感を示し続けた。
GK最多タイとなる6回のJ1ベストイレブン選出を誇り、2025年、38歳の時にはJ最多となる200試合クリーンシート(無失点試合)を達成。「常にピッチで輝き続けたい。皆さんの期待を背負ってプレーすることを幸せに感じています」と語る守護神は、着実に歴史を塗り替えていった。
力をもらい、力を届けるサポーターとの深い絆
積み上げた数々の記録の背景には、西川が常に大切にし続けてきたサポーターの存在がある。
当時20歳でのインタビューで、大切にしている存在を問われた西川が挙げたのは「全国の方が送ってくれた温かいファンレター」だった。その思いは年月を経てファンへ、そして子どもたちへと還元されていく。
2023年からは小児医療センターへの訪問活動を継続。「みんなの笑顔に僕たちが救われているっていうところはありますし、ピッチで頑張っているところをこれからも見せていきたいなと思っています」と語り、病室の子どもたちに向けて「頑張って。西川選手も頑張るから」とエールを送った。
サポーターにとっても、西川は単なるゴールキーパー以上の存在となっている。
「子どもの頃からのヒーローでした」
「頼れる存在です。もう西川しかいないです」
「いつもあの笑顔に救われています」
「頑張っている姿を見て仕事を頑張ろうと思ったり」
「みんながみんな好きなので」
「太陽みたいな存在だなと思っています」
「50歳、60歳になってもレッズのゴールを守り続けていただけたら」
スタジアムに集う人々の声からは、西川がどれほどサポーターから愛され、信頼されているかが伝わってくる。
歴代最多出場を経て、いま一番欲しいもの
前人未到のJ1通算673試合出場という大記録を達成した今、西川が一番欲しいものとは何なのか。
「もうただ一つ、リーグ優勝。優勝して浦和の街でパレードしたいですし、目標・夢があるからこそ頑張れるっていうこともありますので、しっかりと戦いたいなと思います」
家族やファンの支えに感謝を捧げ、ゴールを守り続ける40歳の守護神。愛するサポーターと共に歓喜のパレードを行うその瞬間を見据え、これからもピッチに立ち続ける。
※TBSテレビ『KICK OFF! J』(毎週日曜深夜0時58分~)2026年11月8日放送より
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