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愛媛県の新居浜高専の学生が開発した画期的な物質。汚水に入れて太陽などの光を当てることで水を浄化し、しかも回収して繰り返し使うことができる。「シリーズSDGsの実践者たち」の第42回。
【写真を見る】「太陽で汚水を浄化する」物質を開発した高等専門学校の学生たち <シリーズSDGsの実践者たち>【調査情報デジタル】
油が浮いた汚水が5日間で透明に
愛媛県新居浜市にある新居浜工業高等専門学校。環境材料工学科の生徒が独自に開発し、化学的に合成した物質がある。
物質の名称は「酸化鉄磁性ナノ粒子」。1ナノメートルは、1メートルの10億分の1の長さを示す単位で、ナノ粒子は直径が100ナノメートル以下の極めて小さな粒子だ。
この物質を汚水に入れて、太陽などの光を5日間当てると、汚染物質が分解されて水は浄化される。これは光に照射されることによって触媒作用を示す、光触媒の性質によるものだ。さらにこの物質は磁性を持っていることから、磁石で集めて回収ができて、繰り返し使うことができる。
実際の実験では、焼肉レストランの近くにある側溝から採取した汚水を使った。油が浮き匂いも強い汚水に物質を入れたところ、5日間で水は透明になった。リン酸、亜硝酸体窒素、硝酸体窒素、アンモニアなどの汚染物質が取り除かれ、匂いもしなくなっていた。
なんとなく思いついたアイデアから本格的な研究へ
この物質の研究開発をしているのは、3年生の木村遙さんと加藤菜々美さん。木村さんが1年生のときから研究を始め、物質を作り出すための実験を行っていた2年生の途中から加藤さんも加わった。
開発のきっかけは、別々の先生から聞いたことを元に浮かんだ、木村さんのアイデアだった。
「光触媒について学ぶ授業を聞いて、光触媒には水を浄化する能力があるものの、実用化には大がかりな装置なども必要で難航していることを知りました。この授業とは別に、磁性材料の研究をしている先生から、福井高専が実施しているマグネットコンテストに応募しないかと誘っていただきました。そのときに、光触媒材料に磁石の力があれば、汚水を浄化したあとにすぐに回収できるかもしれないと、なんとなく思いついたことが始まりでした」
思いついたことをマグネットコンテストで提案すると、木村さんは優秀賞を受賞。そこで、磁性材料を研究する平澤英之准教授の指導を受けながら、放課後や長期の休みなどを使って個人的に研究を始めた。
20種類以上の粒子を試作し、ナノ粒子にたどり着く
2年生の間に取り組んだのは、独自の磁石を作ること。硝酸鉄に水分子が9個結合した九水和物、アミノ酸のグリシンなどを調合した上で、イオン交換水と混ぜて熱していくことで、砂鉄のような粒子を作っていった。
できた粒子については、メチレンブルーと呼ばれる溶液に入れて浄化能力を確認するほか、顕微鏡を使って状態を確認する。一連の作業には6時間ほどかかるものの、できるのは5グラム程度のわずかな量だ。しかも、調合を変えながら、何度も実験を繰り返していく。これまで作った粒子は20種類以上に及んだ。
2年生の時点で磁性を持った粒子ができたものの、汚水の浄化に使ってみると30日もかかった。その原因を調べると、粒子が大きいためだと分かり、より小さなナノ粒子を作る必要があった。
そこで、3年生になってからは学校側にマントルヒーターという機材を購入してもらい、ビーカーに入った溶液を液面下で燃焼させる溶液燃焼法を試すようになる。その結果、「酸化鉄磁性ナノ粒子」を作り出すことに成功した。
研究の画期的な点を、平澤准教授は次のように評価する。
「光触媒で汚水をきれいにする発想は、以前から存在します。でも、使った後の物質をどうするのかが課題でした。それを磁気光触媒にして磁石で回収できるというアイデアは、設備の導入やメンテナンス技術者も必要なくなり、持続可能な社会に貢献できる技術です」
将来は発展途上国の汚水を飲み水に
この研究成果は80年以上の歴史を持つ学会の「化学工学会」で発表した。高専の低学年の生徒による発表は極めて珍しい。また、2024年の高校生・高専生科学技術チャレンジ(JSEC)では協賛社賞を受賞。世界最大規模の科学コンテストである国際学生科学技術フェア(ISEF)の日本代表にも選ばれ、木村さんが2025年5月にアメリカで開催される大会で発表する。
現在は企業と共同研究を進めていて、工場から排出される汚染水の浄化に取り組んでいる。その延長線上には、下水処理への応用も考えられる。
さらに将来的に期待されるのが、汚水を飲める水に変えることだ。開発した「酸化鉄磁性ナノ粒子」には、もう一つの特長があると木村さんが説明する。
「川などを浄化した際に、粒子を100%回収するのは無理です。その粒子を魚が食べて、さらにその魚を人間が食べても大丈夫なの、とよく聞かれます。実はこの粒子は、人体に影響を及ぼさない生体適合性を持っていることが平澤先生の研究で分かっていて、生態系を壊す不安はありません。飲めるくらいまで浄化できれば、多くの人が助かるのではないかと思っています」
平澤准教授は、生体適合性に加えて、保存しながら浄化する点にも大きな利点があると指摘する。
「発展途上国では飲み水を遠くから運んできても、保存している間にすぐ駄目になってしまうと聞いています。そのときに、この粒子を入れておけば、保存している間に水質は悪くなるどころか、どんどん浄化されます。水に困っている多くの人たちにとって、便利なものになるのではないでしょうか」
木村さんと加藤さんは、春から高専の4年生になる。「将来は研究職に就きたい」と話す2人は、今後も「酸化鉄磁性ナノ粒子」の浄化能力の向上に取り組んでいく。
(「調査情報デジタル」編集部)
【調査情報デジタル】
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