
熊本地震では、発表される避難者数には含まれない“見えづらい避難者”が数多くいます。その一人で、車中泊のすえ死亡した女性の遺族が胸中を語りました。また、避難所では被災生活に特別な配慮が必要な人も。こうした人たちをどう支援していくか、取材しました。
【写真で見る】「ガソリン届けようと…」車中泊で死亡女性の遺族が胸中語る
「牛のため」避難できない酪農家
村瀬健介キャスター
「震度7を記録した氷川町では、地震から10日余り経った今も倒壊家屋はほぼ手つかずのままで、片付けが進んでいない状況です 」
死者は39人、避難者は約6600人(8日午前7時半時点)となっている。家を離れることができず、避難所へ行けなかった人もいる。震度7を観測した熊本県宇城市で暮らす渡辺きみえさん(68)。
自宅では洗濯機が倒れ、物が散乱。電気、水が止まった。
渡辺さんは、夫や息子と酪農を営んでいる。牛の世話は、1日たりとも欠かせないのだという。
渡辺きみえさん
「(Q.牛の世話があるから、簡単には避難できない?)何があろうとやっぱり搾乳はしないといけない。牛が死んじゃうと思いながら、もう怖くて寝られなかった。一晩中(牛が)鳴いてるので」
「夕方になったらお乳が張って乳を搾る。また朝寝ている間にお乳が張っていって、それのずっと繰り返し。搾らないということは、乳房炎とか病気の元になる」
車中泊での“関連死” 遺族「被災者にガソリン届く仕組みを」
7日、ある女性の葬儀が営まれた。地震の2日後に車中泊をしていて熱中症の疑いで亡くなった。この地震で初めての「関連死」とみられる。
女性は震度7を観測した熊本県氷川町に住んでいた。76歳だった。
7月30日の午後9時半ごろ、自宅の敷地で車中泊をしていたところ、運転席で心肺停止の状態で見つかり、その後、死亡が確認された。
車内はクーラーが効いておらず、ガソリンが切れた状態だったという。発見した親族は…
女性の親族
「エアコンはついておらず、体が熱くなっていました。なぜ車中泊をするのかと思われるかもしれませんが、10年前に絶えず続く地震を経験しているから、家の中に入れないのです」
近所に住む人は、亡くなった当日の夕方まで女性が自ら運転する姿を見ていたという。
近所の知人男性
「まだ若かったから、76歳ですから。車もちゃんと運転するし、普通に歩いていた」
「私たちも声をかければよかったと思うけど、車の中だとプライベート空間を覗くというのは…」
葬儀の後、息子が私たちの取材に応じてくれた。母親のためにガソリンを入手できなかったことを悔やみ、その詳しい経緯を語った。
死亡した女性の息子
「(あるガソリンスタンドで)1時間以上並んでやっと順番がきた」
「3000円分を購入するということで『携行缶に10L入れてもいいですか?』と言ったら『(ガソリン)スタンドの中が大混乱になるからやめてくれ』と断られた」
「違うスタンドでは夜の10時前『携行缶に10L入れてもいいですか?』と言ったら、『会社の規定で夜9時半までだったらいい』と(断られた)」
「(Q.お母さまに届けたいと思って)持っていこうという気持ちはありました。それが最後のチャンスだったかもしれないし」
車中泊をする被災者のもとへ、ガソリンが届く仕組みを作ってほしいと息子は訴える。
死亡した女性の息子
「うまいように制度化する議員さんたちに頑張ってもらって」
「自分の母親みたいになる事例も減ってくると思う」
記憶に残り続ける10年前の熊本地震
8日朝に発表された熊本県内での避難者は約6600人。しかしその中に車中泊をする人は含まれていない。
車中泊支援のスタッフ(5日)
「一応必要な物資とかも持ってきている、水とか」
今週水曜日、支援団体が車中泊をする人への見回りを行っていた。
宇城市にあるディスカウントストアの駐車場。4日前にここに移動してきたという女性がいた。
車中泊する女性
「道の駅に2〜3日(車中泊)していたんだけど、トイレが2日か3日ぐらいした後に使用禁止になったので。やっぱりトイレが一番(大事)。ここは使えるから」
一般社団法人minori 高木聡史 代表理事
「車中泊っていうところで、どんどん見えなくなっていく被災者の方を、どうやって追いかけていくか」
車中泊をする人は広い駐車場などではなく、自宅の敷地内や目の前に車を停める「軒先避難」も多い。こうした人たちへの支援はより難しいという。
車中泊する男性(79)
「疲れました。(自宅は)築75年だから、泥壁造りの家なんです。だから怖い」
午後10時、手元の温度計は33℃。79歳の男性は、自宅前に停めた車内で、妻と避難生活をしていた。
男性の記憶に強く残るのが、10年前の熊本地震。震度7の前震の約28時間後に再び震度7の本震が襲ったからだ。
車中泊する男性(79)
「次の地震が怖いから車中泊をしている。次の大きいのが来たら完全に(自宅が)潰れると思う。避難所ではちょっと寝られない。車の中が良い。車の中の方が寝られる」
男性がいま最も必要としているものは…
車中泊する男性(79)
「一番私が心配しているのはブルーシート」
一般社団法人minori 高木聡史 代表理事
「ブルーシートは明日必ず」
車中泊する男性(79)
「(屋根が)全部やられているので」
こうした要望にも応え、翌日、男性の自宅にブルーシートが届けられた。
この支援団体などが10年前の熊本地震の際、車中泊をする人にアンケート調査を行った。「車中避難を始めた理由」として、75%以上の人が「余震への不安」と回答した。
▼2016年熊本地震 車中避難を始めた理由 回答182名(複数可)
北九州市立大学 稲月正教授 アンケート調査より
再び起きる地震への不安 76.4%
余震が続き自宅で寝るのが不安 75.8%
避難所より車中の方がよいと思うため 62.1%
自宅が損壊し住めない 40.1%
避難所が近くにない 4.4%
環境改善が進まない避難所の課題
一方、避難所に身を寄せる人たちには、「要配慮者」と呼ばれる人たちがいる。
「要配慮者」とは高齢者や障害者、それに持病のある人などを指す。
災害派遣福祉チーム「DCAT」千葉正道さん
「腫れて、むくんでいます?」
避難している女性
「水がたまって痛いんです」
「要配慮者」のケアに取り組む災害派遣福祉チーム「DCAT」の千葉正道さん。東日本大震災など、数多くの避難所で活動を行ってきた。
山本恵里伽キャスター
「(東日本大震災の)その時の状況と、今の状況と比較してどうですか?」
災害派遣福祉チーム「DCAT」千葉正道さん
「避難所の状況は、私は変わらないと思う。支援者は増えているかなというのは、今日もそうですけれども、支援者は充実して入っていると思う。15年前と比べてみて、どこが違うの?はっきり見えてこない。雑魚寝ですから、今日も」
千葉さんの活動を取材すると、「要配慮者」への支援が、“行き届きづらい”実態も見えてきた。
災害派遣福祉チーム「DCAT」千葉正道さん
「食べました?ご飯」
避難している女性
「半分食べた」
災害派遣福祉チーム「DCAT」千葉正道さん
「半分食べた?全部じゃなくて」
避難している女性
「あんまりいけない。食欲があんまりない。歯が悪いから」
災害派遣福祉チーム「DCAT」千葉正道さん
「歯医者の先生来てたけど、みてもらいました?」
避難している女性
「みてもらわなかった。どこに先生がいるかわからない」
災害派遣福祉チーム「DCAT」千葉正道さん
「歯医者の先生がちゃんとみてくれますから」
宇城市は、この避難所に段ボールベッドを整備しようとしていた。ただ、ベッドを入れるには、今いる人たちに一時的に近隣の避難所に移動してもらう必要があった。
災害派遣福祉チーム「DCAT」千葉正道さん
「(別の避難所に)行ってもいいです?」
避難している女性
「私はここがいいです」
災害派遣福祉チーム「DCAT」千葉正道さん
「ここがいい?行かない?」
避難している女性
「お願いします」
自宅近くの避難所であるここから、一時でも離れたくないという高齢者たち。
支援者と被災者のそれぞれの思いがぶつかった。
災害派遣福祉チーム「DCAT」千葉正道さん
「一瞬はだめ?1回行ってみるっていうのは?」
避難している女性
「もういいです。ここにずっといるから。最初からずっとここにいるから」
災害派遣福祉チーム「DCAT」千葉正道さん
「できないというわけじゃないと思うんですけれど、一番心配するのは、動けなくなったら一番心配なんですよ」
災害派遣福祉チーム「DCAT」千葉正道さん
「まだ頑張れる?」
避難している女性
「だからお願いします」
このとき、宇城市の末松直洋市長も避難所を訪れていた。
宇城市 末松直洋市長
「(段ボールベッドは)いいみたいですよ」
避難している女性
「いいのは分かってるんですよ。でも、誰もそういうのが、贅沢なことを言う人は誰もいなかった。誰もいないと思います」
宇城市 末松直洋市長
「ぜひ使ってください」
宇城市 末松直洋市長
「なかなか最初に来たところから、みんな移りたがらないのが正直なところ。当初は、“命が助かってよかったな”というところから、少しずつ要望が変わってきているのが今の現状」
約20年前から精神疾患があり、首も不自由だという64歳の男性。
避難している男性(64)
「その中で、僕が唯一気に入ってるのがこれなんですよ」
肌身離さず持っていた写真を見せてくれた。福祉施設の行事で沖縄を訪れ、バレーボールを楽しんだときのものだという。
避難している男性(64)
「ちょっと持ってきてみようかと思って。やっぱり見れば、本当にね」
山本キャスター
「ホッとしますか?」
避難している男性(64)
「はい」
避難所から自宅に向かった男性に同行させてもらった。
避難している男性(64)
「めちゃくちゃになってしまっています」
山本キャスター
「棚も倒れてしまっていますね」
食事作りなどをヘルパーに支援してもらいながら、一人で暮らしてきた。
大きな不安は、持病の治療に欠かせない薬の確保だ。かかりつけの病院が遠方にあるが、バスが動いておらず、薬をもらう手だてがないという。
避難している男性(64)
「前に(薬を)いただいたはずだったんですよ。どこに行ったかわからなくなった。状況としては今日(病院に)行かないといけない事情だったんですよ。今日がタイムリミットになっていた」
その後、男性は避難所で薬の手配を相談した。翌日、男性のもとに薬が届いたのだが…
薬剤師
「問題が、一週間分しか今ない」
避難している男性(64)
「いつバスが通ってくるのか。そこなんですよ。バスが通らないことには、簡単には(病院に)いけないですよ」
元の生活に戻れる見通しが立たない中、男性がいま求めることを聞いた。
山本キャスター
「どういうケアが必要ですか?」
避難している男性(64)
「どういったケアというか、こだわりはないんですけれど、やっぱり自分の健康管理にあわせた、体調を崩さない、デメリットなく過ごせるのが、一番いいとは思います」
配慮が求められるのは、高齢者や障害者だけではない。
被災した子ども 押し込めた感情のサイン
地震の直後(先月30日)に取材した宇城市の「じょうどいクリニック」。停電や断水のため、診察ができない状態だった。
それから一週間が経った今月6日、改めて訪れると、電気が復旧し、診察が再開されていた。
トイレは使用禁止としていたが、試しに水を流してみると…
上土井貴子 医師
「流れた!」
「おしっこ・排便を我慢させるのは、子どもにとっては本当に酷なこと」
上土井さんは、子どものこころの発達を専門とする医師だ。
この日やってきたのは、定期的に受診しているという小学校高学年の男の子。震度6強を観測した地域に住んでいる。
上土井貴子 医師
「余震が来るときがあるでしょ。そういう時はどうしますか?」
男の子
「布団にくるまってる」
上土井貴子 医師
「怖くないですか?」
男の子
「はい」
上土井さんは、砂の入った箱におもちゃなどを並べるよう、男の子と、一緒に来ていた弟に促した。
男の子
「でかいのどこに置く?」
「箱庭」という手法で、子供の心理状態が垣間見えるという。
上土井貴子 医師
「うわ~作ったね」
母親
「キリン倒れてますけど」
何の脈絡もなく並べたように見えるが…
上土井貴子 医師
「やっぱり交番を持ってきたのね」
上土井貴子 医師
「大仏とか交番とか持ってきたことは、もしかしたら今回の地震で、少しは影響があるのかもしれません。交番というのは、守られる人とか秩序の象徴なんですね」
上土井さんは、今回の震災がきっかけでPTSD(心的外傷後ストレス障害)を発症する子どもたちが増えることを懸念している。
上土井貴子 医師
「PTSDは、ためてためて我慢した結果、起きてくるとよく言われているので」
山本キャスター
「興奮状態で叫んだり泣いたりという感情を露わにする子たちもいると思うんですが無理に抑えない方がいいんですか」
上土井貴子 医師
「子どもたちは、言葉で表現することがなかなか難しい。大前提として、何が起きたかが分からないんだと思う。感情か身体が訴えていくんだと思う」
この一週間で上土井さんのもとには、こんな相談が寄せられているという。
上土井貴子 医師
「おしっこを漏らしたことがない方が、漏らしてしまうとか。またある方は、(子どもが)むしろ興奮してしまうと。一種の怖さやストレスを発散するような表現の仕方なのかなと思ったり。ただ一方で可哀想なのは、避難所にしろ、お家にしろ、今は人に迷惑をかけるから静かにしてねとか、感情を押し込めないといけないという環境が、子供たちはちょっと辛いのかもしれない。保護者たちも、その間に挟まって、いたたまれない。そうすると、避難所に本当はいたいんだけど、車中泊とか、無理してお家に帰るとか」
「大人が少し安心すれば、子供に安心感が伝わっていって、社会全体が被災地を守っていく。そういうシステムがあるといいなと思う」
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