2025年最初のスポーツ日本一が決まるニューイヤー駅伝inぐんま(第69回全日本実業団対抗駅伝競走大会。群馬県庁発着の7区間100km)。25回の最多優勝回数を誇る旭化成が5年ぶりのV奪回に挑む。
前日本記録保持者の相澤晃(27)が万全ではないが、前回5区区間2位だった葛西潤(24)がパリ五輪10000m代表へと成長、チームを牽引する。17~20年の4連勝時を支えた大六野秀畝(32)と市田孝(32)も日本トップレベルの力を維持し、高卒入社で“叩き上げ”の齋藤椋(26)が今季は主要区間で区間上位を期待できるまでになった。葛西と同期で入社2年目の井川龍人(24)と長嶋幸宝(20)も好調だ。4連覇は大六野、市田孝・宏(32)の双子兄弟、村山謙太(31)ら強力選手が揃った学年が中心に達成した。今回勝てば新たな選手構成、新たな旭化成として最多優勝回数を伸ばす。
◇ニューイヤー駅伝(1月1日)の区間と距離、中継所
1区 12.3km 群馬県庁~高崎市役所
2区 21.9km高崎市役所~伊勢崎市役所
3区 15.3km 伊勢崎市役所~三菱電機群馬工場
4区 7.6km三菱電機群馬工場~太田市役所
5区 15.9km 太田市役所~桐生市役所
6区 11.4km 桐生市役所~伊勢崎市西久保町
7区 15.6km 伊勢崎市西久保町~群馬県庁
旭化成入社後の葛西の成長過程は?
創価大時代の葛西潤は全日本大学駅伝2区や箱根駅伝7区の区間賞も取っていたが、同学年に駒大・田澤廉(24、現トヨタ自動車)や青学大・近藤幸太郎(23、現SGホールディングス)がいたこともあり、学生長距離界を代表する選手とは見られていなかった。「最長で3~4カ月しか練習が継続できない」ほど、ケガが多い選手だったことが原因だ。
旭化成入社後も半年間は目立った記録は残せなかったが、11月の八王子ロングディスタンス10000mで27分36秒75と、いきなりシーズン・チーム最高記録をマークした。「脚の状態を考慮して、夏くらいまで攻めた練習はしていなくて。秋に入ったくらいからちょっとずつ出力を上げた感じでした」。
ニューイヤー駅伝は主要区間の1つである5区に抜擢され、区間賞の田中秀幸(34、トヨタ自動車)と31秒差の区間2位。チームを5位から3位に引き上げた。出場する大会の過去の動画を見て研究して臨むのが葛西のスタイル。「皆さん最初の上りでエネルギーを使ってしまって、後半でペースダウンしています。飛ばし過ぎないことを意識しましたが、単独走でできる限り振り絞った走りができました。それでもトヨタの田中さんに差を広げられてしまい、悔しかったです」。
ニューイヤー駅伝の3週間後には全国都道府県対抗男子駅伝3区(8.5km)で区間賞を獲得。23分22秒で区間記録を19年ぶりに塗り替えた。「自分の中で壁が壊れていくのが実感できました。練習の設定タイムも上げて行く作業に入って、ステージアップにつながったと思います。1km2分42~43秒がそれまでは若干力まないと出せないスピードでしたが、練習で楽に出せるようになりました」。八王子前には1周(400m)をどのくらいのペースで刻めるか「予想がつかなかった」が、5月の日本選手権前には「64~66秒でも力まず走れる」と感じられた。そして迎えた日本選手権は1周66秒ペースが設定され、葛西は余裕を持ってレースを進めることができた。
残り1000mから葛西がペースを上げると、鈴木芽吹(23、トヨタ自動車)、前田和摩(19、東農大)が後れ、ラスト1周で太田智樹(27、トヨタ自動車)も振り切った。27分17秒46の日本歴代4位で初優勝を飾り、その後Road to Paris 2024のポイントで出場資格も得てパリ五輪代表に選ばれた。
葛西と同期入社の井川&長嶋への期待
パリ五輪の葛西は27分53秒18で20位。史上最多の13人が26分台で走ったレースで、世界大会での27分台は日本選手にとって悪い記録ではないのに、まさかの周回遅れになった。「悔しかったですね。競技をやっている限り、リベンジしたいです」。実はパリ五輪前から右足の足底に軽い痛みがあり、完全な状態ではなかった。その分、世界大会でのノビシロは残っている。「来年の東京世界陸上も代表入りのチャンスはあります。1年でリベンジができるとは思いませんが、パリよりも戦える手応えを得たいと思っています」。
パリ五輪後は故障回復を優先させ、負荷の大きいポイント練習を再開したのは11月中旬。ニューイヤー駅伝に向けては「練習は100%積めていませんが、昨年と比べてもスピードへの不安はありません。流れに乗れたら何とかなるのでは」と不安を持ちつつも自信を持てている。「今回も5区なら、苦しむことを覚悟して行きます。できれば先頭でタスキをもらいたいですね。その方が有利な状況で走ることができます。前半区間なら、先頭かそれに近い位置で後半区間の選手がトップで走れるようにタスキを渡したいです」葛西に若干の不安がある分を、同期の井川龍人と長嶋幸宝が補う。
井川は前回、外国人選手が起用できなかったためインターナショナル区間の4区に出場した。区間31位ではあったが、広げられたタイムは大きくなかった。順位は4位から5位と1つ落としただけで5区の葛西につないだ。高卒1年目だった長嶋は1区を任されたが、転倒もあって区間13位。区間賞から20秒差と傷を最小限にとどめた。
井川は今季の個人成績が一段レベルアップ。11月の八王子で10000m27分39秒05の自己新をマークしている。葛西が自身と井川の練習を比べ「自分が秀でているとは思えないし、最後まで行ったら足の速さ(トップスピード)で井川には負けます」と話していた。長嶋は今季出遅れていたが、12月1日に10000mで27分55秒03と1年ぶりに27分台で走った。西村功監督が長嶋への期待を次のように話している。「長嶋は前回の1区が3列目のスタートで、大塚製薬の選手が抜け出したときに気づくことができなかったんです。追い上げようとしたところで他の選手と接触して転倒してしまいました。本人は1区でリベンジしたいと言っています。全体でメンバーを組んで別の区間になる可能性もありますが、彼の思いを実現させてやりたい気持ちもあります」。
2年目のトリオはチーム内でも仲が良いことが知られている。葛西と井川が東京勤務で長嶋が延岡だがオンラインゲームを一緒にやることもある。前回のニューイヤー駅伝前には3人で「先輩選手たちも強いけど、自分たちも重要区間を任されたからには、結果を残して優勝に貢献しよう」と話していたことを明かしている。「2年目、3年目とチームの順位を上げていきたいですね。個人としては、確実に区間賞を取れるように準備します」と葛西は話す。葛西を中心とする世代が新たな旭化成の中核となっていくとしたら、それを示すのが25年のニューイヤー駅伝になる。
ニューイヤー駅伝に出られなかった6年間をステップに
他チームに比べ高卒選手を多く採用して育成するのが旭化成の伝統だ。いわゆる“叩き上げ”の選手たちで、近年は茂木圭次郞(29)が21年大会1区区間2位、前回の長嶋らが活躍してきたが、前回は齋藤椋も入社7年目で初めてニューイヤー駅伝に出場。6区で区間7位だったが、齋藤個人にとっては極めて大きな意味があった。
齋藤は秋田工高時代に5000mで13分53秒75とそのシーズンの高校リスト10位の記録を出している。インターハイでは5位に入賞した。リオ五輪マラソン代表の佐々木悟(亜細亜大監督。当時旭化成)の後輩として、期待されて入社した選手だった。だがケガが多くニューイヤー駅伝には6年間、メンバー入りできなかった。齋藤は「この世界で生き残ってはいけないと思いました」と、24歳だった頃を振り返る。
「それまでと“同じでいいや”と妥協したら、故障が多い自分のままです。昨年5月から鎧坂(哲哉、34、旭化成)さんにメニュー作りを相談して、そこで変わることができたことが大きかったですね」。駅伝前にはチームの練習に合流するが、駅伝の時期以外は鎧坂の立てたメニューをもとに、個別で練習を行った。「一段階も、二段階もスピードを上げた、経験したことがない練習で新鮮です」。
スピードを上げたが「今年1年間、大きな練習離脱はありません」と良い状態を維持できている。「今までケガをしまくってきたので人より(故障の前兆に)敏感になっていると思いますし、鎧坂さんやトレーナーさんに相談しています。自分1人でやるのではなく、人を頼ることも大事だとわかりました」。その結果、入社7年目で初めてニューイヤー駅伝に出場。「すごく注目されて、会社としても重要な大会」ということを肌で感じられた。
6区区間7位で、タスキは3位で受けて順位の変動はなかった。「追っていかないといけない状況でしたが、(1つ前の)Hondaの小山(直城、28)さんとの差を詰められませんでした。(前半からスピードを上げる)攻めの走りが足りませんでしたね。レベルの高い駅伝だと実感しました」。新しい練習スタイルを継続した今季は、5月に5000mと10000mで自己新を連発。11月の八王子では10000mで27分45秒08と日本トップレベルに近づいた。11月の九州実業団駅伝では5区で区間賞。チームを3位からトップに引き上げ、優勝に大きく貢献した。
西村功監督は「九州の5区はニューイヤーと違って、最初から前を追って追いつき、そこから勝負して勝った。良いレースだったと思います。ニューイヤー駅伝では主要区間候補です」と高く評価した。
齋藤の希望区間は前回葛西が走った5区だという。「10000mの27分台にこだわったのも葛西選手の5区を見たからです。葛西選手も八王子ロングディスタンスで27分台を出して、5区の走りにつなげました。区間賞争いをするには27分台を出して、ニューイヤー駅伝の場に立たないといけません」。前回はメンバー入りすることが、大きな前進だった。今回は主要区間で区間賞争いをすることが、齋藤にとって大きな意味を持つ。高卒選手が最多優勝に貢献してきた旭化成では、齋藤の活躍はシンボリックな意味を持つ。
(TEXT by 寺田辰朗 /フリーライター)
※写真は葛西潤選手
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