
約3万年前に噴火した巨大火砕流が九州南部に堆積して形成されたシラス台地。地元では役に立たない厄介者とされてきたが、そのシラスを鹿児島県工業技術センターが環境に優しい工業素材として資源化することに成功した。「シリーズ SDGsの実践者たち」の第44回。
【写真を見る】「厄介者」の〝シラス〟が環境にやさしい資源に<シリーズSDGsの実践者たち>【調査情報デジタル】
国から「有効利用法はない」と結論づけられたシラス
鹿児島県や宮崎県の一部に広がるシラス台地。約3万年前に噴火した巨大火砕流が堆積して100メートルほどの高さの台地を形成した。この噴火口に海水が流れ込んでできたのが、直径約20キロメートルの鹿児島湾北部だ。
堆積したシラスの量は約750億立方メートルで、東京ドーム約6万個分に及ぶ。ただ、シラスの成分はマグマ由来の軽石を含む火山ガラスが約60%を占めるほか、長石や石英などの結晶質の砂と粘土質で構成されている。
軽石が含まれているため土地が侵食されやすく、土砂崩れの原因とされた。水が浸透するので稲作ができず、育つのはサツマイモくらい。井戸もシラスの下にある地層まで掘らなくては水が出てこないことから、シラスはこれまで「役に立たない」「厄介者」などといわれてきた。
一方で、火山灰をセメントに替わる結合材に使う研究は古くから行われてきた。結合材とは、水と反応して硬化する物質の総称。最初に研究が始まったのは明治39(1906)年。当時の内務省が耐海水性モルタルの開発を目的として、シラスを添加したモルタルの15年間に及ぶ試験を行った。
また、太平洋戦争が始まりセメント不足に陥った鹿児島県は、シラスをコンクリートに利用するための試験を内務省に依頼した。けれども、昭和18(1943)年の論文で、砂としても、結合材としても「役に立たない」と結論づけられてしまった。
シラスを活用した製品を開発も、限定的な利用にとどまる
鹿児島県は工業試験場において昭和26(1951)年からシラスを工業材料に使う研究を進めてきた。工業試験場は現在の鹿児島県工業技術センターに統合されている。
工業技術センターでは、シラスを使った釉薬、煉瓦、吸音材、ガラス繊維など、さまざまな活用法を模索。30年以上研究に携わる主任研究員の袖山研一さんも、シラスを砂の代わりに用いて軽量化と大型化を実現したシラス瓦を開発したほか、軽石を用いて透水性と保水性を活かした、畜舎の床や屋外の緑化などに使えるシラスブロックも製作した。
ただ、シラス瓦やシラスブロックはある程度利用され、評価も得られたものの、消費地から遠いハンデもあり、全国に大きく展開するまでには至っていない。莫大な埋蔵量と主成分の火山ガラスを活かした産業化としてはまだまだ不十分といえる。
実は、火山ガラスが結合材になる可能性は、研究者の間では以前から知られていた。
1900年以上前に建設され、鉄筋のないコンクリートのドーム建築として世界最大を誇るイタリア・ローマのパンテオン神殿では、コンクリートの材料に火山灰が使われている。火山灰に含まれた火山ガラスの成分が、水酸化カルシウムと化学反応することで結合材として機能し、しかも長期にわたって耐久性があることがわかっている。
日本国内でも前述の通り、明治の頃から火山灰やシラスをセメントの代わりに使う研究が進められてきた。しかし、シラスは火山ガラスの純度が低いため利用されてこなかった。
工業技術センターでは、火山ガラスを焼成発泡させたシラスバルーンの開発に取り組んでいた。シラスから火山ガラスを取り出そうと、地元のベンチャー企業であるプリンシプルと共同研究を進めていたものの、高純度の火山ガラスの分離はなかなかうまくいかなかった。
「あるとき、プリンシプルから『コンクリート用の砂の代わりにシラスを用いているが使いにくいので、シラスから結晶質の砂を分離できないか』と言われました。それで、なんとしてもシラスの成分を分離しなければと、あらゆる方法を探しました」(袖山さん)
火山ガラスを粉砕した微粉末が結合材に
研究を継続するために奔走した袖山さんは、水を使って物質を選別する企業や、天然鉱物の分離技術を持つ大学などに相談したものの、シラスの成分を効率よく分離することはできなかった。
そんなときに、コーヒー豆から小石を取り除く装置を製造販売している埼玉県の原田産業と出会う。シラスの成分を比重によって分ける方法で試験をしてもらったところ、砂の成分だけでなく、軽石と火山ガラスを分離することにも成功した。
そこで、シラスから取り出した火山ガラスを、結合材に使えるのではないかと考えた袖山さんは、平成27(2015)年に東京大学の野口貴文教授に相談する。野口教授からは「細かく粉砕すれば可能性がある」と言われた上で、結合材として機能する混和材として、鉱工業品の国家規格である日本産業規格JISの性能がでるかを検証する必要があると助言された。
この相談を機に、同年に工業技術センターと東京大学、プリンシプルとの三者で共同研究を開始。平成29(2017)年には経済産業省の新市場創造型標準化制度に採択され、センター内に比重選別装置と粉砕装置を導入した。
装置ではシラスを投入してノコギリ刃状の網板を回転振動させるとともに、風で粉塵を舞い上げることによって、砂の代替になる結晶質、軽石質、火山ガラス質、それに粘土質に分離する。
さらに、火山ガラス質と軽石は、粉砕して火山ガラス微粉末=VGPを製造する。VGPは粉末度の違いで3種類に分類され、混和材としてセメント相当の強度を発現するものだけでなく、コンクリートの耐海水性や耐久性を高める混和材として使われているシリカフュームやフライアッシュの代替になることも判明した。シリカフュームはセメントの約5倍の価格で100%輸入されている。VGPによって、国産化が可能になったのだ。
この結果を論文として発表し、特許を4件取得。2020年3月に「コンクリート用混和材としての新市場を世界に先駆けて創造」するため、VGP のJISが制定された。さらに、2024年3月には、生コンクリートに関するJIS改正によって、VGPは生コンクリートの混和材として規定された。
VGPが工業材料として認められたことの意義を、袖山さんは次のように語った。
「シラスを工業材料にすることは鹿児島県にとっては念願でした。国立の研究機関で研究が行われてから119年、県がシラスを利用する研究を始めてから74年が経っています。先輩方から代々受け継がれて挑戦してきた課題を、これでようやく解決できるかもしれません」
セメントに比べて製造過程の二酸化炭素排出量は10分の1に
火山ガラス微粉末のVGPには、結合材になる以外にも大きなメリットがあった。それは、製造にあたって二酸化炭素の排出量を、セメントの約10分の1に抑えられることだ。
セメントの原料となる石灰石は、二酸化炭素を含む化合物の炭酸カルシウムが主成分。セメントを作る際には化石燃料を使って、石灰石を1450度の高温で焼くことから、セメント1トンあたり773キロもの二酸化炭素が排出される。セメント製造の二酸化炭素排出量は、日本全体の排出量の4%を占めるほど多い。
これに対して火山ガラスや軽石は二酸化炭素を含まず、セメントのように石灰石を焼く必要もない。シラスは環境にやさしい工業材料へと変化を遂げた。
現在、VGPが初めて使われた公共工事が、鹿児島市内で進められている。それは、県道に設置された、車道と歩道の境をつくるためのコンクリートブロック。セメントの55%をVGPに置き換えている。セメント100%を用いた従来品に比べて二酸化炭素排出量が約50%削減された。
工業技術センターでは、今年度は生コンクリートのモデル工事で試験的にVGPを使用するほか、企業に対してVGPの量産化に向けた技術支援などを行う。シラスからVGPを量産できれば、取り出した副産物の砂もJIS砂として利用でき、新たな産業が創出する。袖山さんはVGPの本格的な実用化を期待している。
「VGPはこれから社会実装を目指します。その過程で、役に立たないと言われたシラスが、国内はもちろん、世界に必要とされる工業素材になるのではないでしょうか」
何よりもシラスは大量にある。シラスは「厄介者」から「夢の素材」へと変わろうとしている。
(「調査情報デジタル」編集部)
【調査情報デジタル】
1958年創刊のTBSの情報誌「調査情報」を引き継いだデジタル版のWebマガジン(TBSメディア総研発行)。テレビ、メディア等に関する多彩な論考と情報を掲載。原則、毎週土曜日午前中に2本程度の記事を公開・配信している。
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