
終戦から80年となる今夏、中国では映画「南京写真館」が記録的なヒットとなっている。公開1か月で興行収入は27億元(約540億円)を超え、戦争ジャンルでは中国歴代6位に、歴史ジャンルでは4位にまで上り詰めた。中国で南京事件は今も日中戦争の象徴的な惨劇として記憶され、南京と日本との接点に過敏になる中国人は多い。だがその南京で日中の児童が「中日友好」を校名に掲げる学校で交流していることはあまり知られていない。
南京にも存在「中日友好希望小学校」
南京事件は日本軍が南京入城(1937年)後、多くの非戦闘員を殺害したもので、中国側は30万人が犠牲になったと主張している。2006年に当時の安倍晋三首相と中国の胡錦涛国家主席の合意で立ち上げた「日中歴史共同研究」が2010年に発表した報告書の中で、日本側は犠牲者の数について「20万人を上限として、4万人、2万人など様々な推計がなされている」とまとめていて、数に差はあるものの多くの犠牲者が出たことを認めている。それゆえ日中戦争をめぐる“敏感な日”の中でも南京事件の国家追悼日(12月13日)の重みは別格と言える。
一方日本は2000年前後に民間団体を中心に、中国の農村地域など恵まれない地域の学校建設を支援している。「南京竹鎮中日友好希望小学校」もその一つだ。同校は南京のある江蘇省からの依頼を受け、友好提携を結ぶ福岡県の県議会議員らが寄付を募り、建設費の半額を支援する形で2007年に開校。当初は1000人近い児童が学び、交流事業として福岡県から児童らが定期的に訪問していたという。新型コロナの影響で一旦は途絶えたが、最近では2023年に双方の児童が手紙の交換を行っている。こうした南京と日本の草の根の交流が広く知られているとは言い難い。その上、中国のSNS上では南京竹鎮中日友好希望小学校について「南京の虐殺を忘れるな」「(犠牲となった)30万人の許しは得たのか」といった怒りを露わにした投稿が確認できる。
今年7月に現地を訪ねた。校門の前にはバリケードのようなものが置かれ、近所の人によると既に廃校になったという(写真)。そばの壁に薄っすらと残っていたのは「中日友好希望小学校」ではなく「民族小学教育集団」という文字だった。廃校後は一旦別の用途で使われていたとみられる。こうした経緯について南京市政府に問い合わせたが、回答はしないと一蹴された。福岡県側も事情は一切把握していないという。「中日友好」という学校が南京にあったことも、児童らが交流していたことも、このまま忘れ去られてしまうのだろうか。
「解像度の高い中国」の姿を伝えるため
校舎を撮影中、付近の住民や通報を受けたとみられる警察官から撮影をやめるよう警告を受けた。学校の取材にナーバスになっていることは明らかだった。こうした対応とは対照的に、中国では海外メディアを積極的に招いて「メディアツアー」が定期的に開催される。通常取材出来ない場所や人をアレンジしてくれる一方、あくまで政府が“見せたい中国”を紹介する意向が強い。そのため私的な見解が披露されるとは考えにくい。
南京の飲食店でベテランオーナーが「中国共産党からすれば、日本が好きな奴らは不良品なんだよ」と冗談めかして言っていたことがある。同席していた若者は苦笑いを浮かべたが、日本贔屓の彼らのことを言いたかったらしい。実際、言論統制が進む中国で警戒の対象となるのは、政府や中国共産党への批判だけではない。日本との距離感にも敏感だ。だがこの敏感な取材を通じてこそ、「解像度の高い中国」の姿が見えてくるのではないか。映画のヒットで反日感情が高まる今なら、なおさらだ。
JNN上海支局 寺島宗樹
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