
その行動や言動がニュースにならない日はほとんどないアメリカのトランプ大統領。先日、中国・北京へ飛び、習近平国家主席と会談したが、世界が注目した「イラン」「台湾」をめぐっては進展が見られなかった。果たして何のための訪中だったのか。トランプ第二次政権の定点観測5回目をお届けする。執筆はTBSテレビ記者でJNNワシントン支局の涌井文晶支局長。
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トランプ大統領にとって、今年最大の外交日程の1つと位置付けられていた中国訪問が終わった。習近平国家主席は実に9年ぶりに北京を訪れたトランプ氏を国賓として歓待し、米中関係は当面は緊張緩和を基調とすることを内外に印象付けた。
他方、アメリカにとって、中国が唯一、覇権に挑戦する力を持つ競争相手であるという事実に変化はない。そうした状況にも関わらず、トランプ大統領は中・長期的な対中戦略を持ち合わせていない。それは米中関係、そして世界にとってどういう意味を持つのだろうか。
中国メディアも歓迎ムード
5月13日、北京の首都国際空港。
午後6時を過ぎても30度近い気温の中、筆者はトランプ大統領を乗せた大統領専用機「エアフォースワン」の到着をターマックで待っていた。現地では中国側の関係者が赤じゅうたんや階段のタラップの設置位置を確認。軍楽隊や歓迎行事に参加する学生らが入念なリハーサルを繰り返していた。
中国メディアからも30人ほどの記者・カメラマンが臨場し、今や遅しとトランプ大統領の到着を待っていた。また、彼らが空港に掲げられた星条旗をバックに同僚らと笑顔で記念撮影する姿も見られ、トランプ氏訪中は中国メディアにとっても「歓迎ムード」で報じて良い内容であることが伺われた。
そして、待つことおよそ2時間。現地時間の午後8時すぎ、予定より30分ほど遅れてトランプ大統領が到着した。
赤じゅうたんを閣僚らと歩くトランプ大統領を、アメリカ国旗と中国国旗を振る学生たちが「熱烈歓迎!」と大きな歓声で迎える。それに、こぶしを突き出す定番のポーズで応えるトランプ氏。後ろにはイーロン・マスク氏、エヌビディアのフアンCEOの姿も見える。
9年ぶりの訪中を印象付けるには十分な、映像的に「映える」現場だ。米中のテレビが生中継をしたのはもちろん、活字メディアの記者もスマートフォンで動画を撮影し、SNSにリアルタイムでアップしていた。TBSテレビも筆者が取材した現場の様子を繰り返し放送した。
この現場に限らず、2泊3日のトランプ氏の訪中は、メディアイベントとしての性格が強いものだった。トランプ氏にとっても、今回の訪中の目的は「画面映え」だったのではないか、との見方すらあるのだ。
重視するのは「オプティクス」か
中国訪問に先立つ4月下旬から5月上旬。筆者はワシントンで外交関係者やシンクタンクの専門家らに米中会談の見通しの取材を重ねていた。今年最大の外交日程のひとつと位置付けられてきた北京訪問だが、関係者は揃って「大きな成果は出ないだろう」と指摘していた。背景には、アメリカが始めたイランでの戦闘の出口が見えないことがあったが、具体的な根拠としては、以下の2点があげられた。
・トランプ大統領はイランで軍事作戦中。それを理由に3月に予定していた中国訪問の日程を延期したが、当時と比べてもイラン情勢に進展はみられない。
・成果が期待できる分野として貿易・通商関連があるが、中国との交渉を担うベッセント財務長官はイランへの対応に追われ、事前調整が深まっている様子がない(実際、ベッセント氏と何立峰副首相による最後の事前調整はトランプ氏が北京に到着する当日、13日にソウルで行われた)。
そうした状況下で、複数の専門家から聞かれたのが「トランプ政権が重視するのは『オプティクス』だろう」との見方だ。
Optics=オプティクスとは、直訳すれば「光学」を意味するが、政治的な用語としては「見栄え」や「視覚的な印象」を指す。首脳外交の文脈では、会談や関連行事での「見え方」がどのようなものになるのか、という意味を持つ。
外交に限らず、トランプ大統領や政権のスタッフは公務の際に「テレビでどのように映るか」「SNSで目を引く写真が撮れるか」といった「映え(ばえ)」を重視しているが、専門家らが指摘していたのは、トランプ氏にとって米中首脳会談すら具体的な成果を求める機会ではなく、「映える」写真が撮れれば十分なのではないか、ということだ。
中国側も「映える」場面を設定
中国側もそうしたトランプ氏側の意向を踏まえたのか、「映える」場面をいくつも設定してみせた。
人民大会堂前での歓迎式典。巨大な会堂を前に星条旗をはためかせ、トランプ氏と習近平氏の2人だけが赤じゅうたんの上を並んで歩く印象的な場面を設定。世界遺産の天壇公園の訪問、巨大なホールでの豪華な晩さん会と複数のシチュエーションも作った。
さらに、習主席の執務室がある「中南海」にトランプ氏を招待。外国首脳としては稀な機会であることを習主席からも説明した。
イベントで撮影された写真や動画は、ホワイトハウスのインスタグラムなどで次々に投稿された。会談の具体的な成果には一切触れない一方、「北京での力強い到着セレモニー」「アメリカの強さが世界の舞台に戻ってきた」といったキャッチコピー的な説明が添えられた。
また、保守系のFOXニュースなどもトランプ氏に好意的な論調で中国での行事の様子を大きく放送した。
「オプティクス」の観点からすれば、トランプ氏は今回の訪中で成果を収めたと言えるのだろう。会談2日目となった15日、トランプ氏は習氏に「中国訪問は大変な話題になっている。アメリカのニュースは中国の話だけになっている」などと発言。自身が話題性を重視していることを隠そうともしなかった。
ただ、華やかな見栄えの一方、事前に多くの専門家が予想した通り、首脳会談の成果は乏しいものだった。
首脳会談でアメリカ側が得たものは…
今回、大きな焦点と言われていたのは、「イラン」「貿易」「台湾」の3つのテーマだ。アメリカ側にとって成果といえるものがあったのか、順に見ていきたい。
まず、イラン情勢について。
アメリカ側は両首脳が「ホルムズ海峡は開放されたままであるべきとの認識」で一致したほか、「イランが核兵器を保有することは決してあってはならない」ことで合意したと発表した。
トランプ氏は習近平氏を前に「我々はイランについて非常に近い考えを持っている」とも発言している。ただ、中国側はイランをめぐって具体的な内容を発表していない。
アメリカ側が発表した内容を額面通りに受け取っても、中国側はイラン問題についての原則的な立場を示しただけとも言える。アメリカに対して何らかの協力を新たに約束したとは言えない内容だ。
次に、貿易について。
ホワイトハウスは成果文書を発表し、中国が3年間、毎年170億ドルのアメリカ産農産物を購入することで合意したと発表した。さらに、ボーイングの航空機を200機購入するとしている。
今回の中国訪問にはボーイングのほか、穀物メジャー・カーギルのCEOも同行していて、アメリカ側として中国への売り込みに力を入れていた分野での合意だ。今後、トランプ氏が11月の中間選挙に向けてアピールしやすい内容といえる。
ただ、この貿易合意の内容について、アメリカ国内では懐疑的な見方が出ている。第1次トランプ政権下の2020年に結ばれた米中の合意でも農産物の購入拡大が盛り込まれたが、中国側は新型コロナの流行などを理由に合意を全面履行しなかった。今回も同様に合意が履行されないのではないか、という懸念がくすぶる。
また、首脳会談の前にはボーイングの航空機は500機の購入が想定されているとも伝えられていた。アメリカ国内では「目標未達」との受け止めから、ボーイングの株価が下落する事態となった。このように貿易面でも「大きな成果」とは言えない結果になったと言える。
最後に、台湾問題。
中国側は習近平主席が「処理を誤れば衝突や対立に至り、中米関係は極めて危険な状況に陥る」と発言し、トランプ氏をけん制したことを明らかにした。
しかも、発言内容を会談の終了前に国営メディアを通じて発表。台湾問題は「核心的利益の核心」であることを内外に改めて強く示した。
一方、アメリカ側は発表文では台湾について触れなかったほか、トランプ氏も報道陣に対し「台湾政策では何も約束しなかった」と表明した。一部で懸念されたような、トランプ氏が「貿易問題と引き換えに台湾で譲歩する」といった事態は回避されたかに見えた。
ただ、トランプ氏は報道陣に対し「台湾への武器売却について話した」と表明。これは、台湾への武器売却については中国と事前協議しない、というこれまでのアメリカの姿勢を事実上、変更するもので、米国内の専門家からも「台湾情勢の不安定化につながる」と懸念が示されている。
このように、主要な3つの論点でアメリカにとって具体的に「成果」と言えそうなのは貿易分野くらいで、それすらも限定的な成果にとどまった。台湾問題では中国側のペースに引き込まれたとも言える。
「建設的な戦略安定」関係とは「管理された競争」
一方で、米中両国は2国間の関係を「建設的な戦略安定」と位置付けることで一致し、対立の激化を避けることを確認した。
今年は米中の首脳が最大で年4回、顔を合わせる異例の年だ。この先も9月に習近平主席のアメリカ国賓訪問、11月に深圳でのAPEC、12月にフロリダでのG20と、最大であと3回、会談のチャンスがある。そうした状況のもと、今後も米中関係は緊張緩和が基調となる見通しだ。
トランプ氏は11月に中間選挙を控える中、イラン情勢、それに伴う原油高、国内のガソリン高の問題に追われている。去年、関税戦争を仕掛けたもののレアアースの輸出を絞られる逆襲により撤退を迫られた記憶も新しく、中国との対立を激化させる余裕はない。
一方、習近平氏も深刻な不動産不況など国内経済問題を抱える中、来年には5年に1度の共産党大会が控えている。再選に向けて、国内問題にフォーカスするためにも、短期的にはアメリカとの関係は安定させておきたい。
こうした双方の国内事情が両国の接近を後押し、今回の会談でも友好ムードが前面に押し出された。
しかし、短期的な緊張緩和は、両国が長期的な競争関係にあることと矛盾しない。「建設的な戦略安定」関係の本質は「管理された競争」に他ならない。
時間軸の差か~見えないトランプ氏の対中戦略~
それにもかかわらず、長期的な米中の競争にどのように臨むのか、トランプ大統領の対中戦略は今回の会談では全くと言っていいほど見えてこなかった。
アメリカ側から見た場合、中国抑止に向けた本質的課題には、巨額の対中貿易赤字、中国による政府の補助金を用いた過剰生産、知的財産の剽窃、南シナ海で繰り返される軍事的威圧などがある。
アメリカ国内では共和党・民主党問わずこうした構造問題の解決を求める声が広がっているにもかかわらず、トランプ氏は中国との間で本格的に提起する姿勢を見せなかった。貿易合意という短期的な利益を得るためには障害になるという判断だろう。
一方で、中国側にはアメリカとの緊張緩和を演出しつつ、アメリカに対抗できる力をつけていこうという戦略がみられる。半導体、AIといった先端分野で脱アメリカ依存を目指して独自の技術開発を急ぐ一方、米国産農産物の購入などでアメリカ側を中国市場に依存させ続け、アメリカの首根っこを抑える。現時点ではアメリカと争っても勝てないことを冷徹に認識しているがゆえに、爪を研ぐための時間を稼いでいると言える。
トランプ氏の時間軸にあるのは今年11月の中間選挙、長く見ても2029年1月の自身の任期の終わりまでだろう。一方、習近平氏は2035年を見据えた超長期政権の構想を持っていると言われる。両首脳の時間軸の違いは、米中関係に大きな影響をもたらすことになりそうだ。
〈執筆者略歴〉
涌井 文晶(わくい・ふみあき) JNNワシントン支局長
2004年TBS入社。政治部と経済部で総理官邸・経済産業省・日本銀行などを担当したほか、「NEWS23」の制作を担当。経済部デスクを経て、2023年4月からワシントン特派員。2025年7月から支局長を務める。
【調査情報デジタル】
1958年創刊のTBSの情報誌「調査情報」を引き継いだデジタル版のWebマガジン(TBSメディア総研発行)。テレビ、メディア等に関する多彩な論考と情報を掲載。原則、毎週土曜日午前中に2本程度の記事を公開・配信している。
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