
中国・広州市を舞台に10日から2日間にかけて行われた世界リレー。日本は男子4×100mリレーに出場し、平均年齢22歳と若いチームながら予選を全体1位タイのタイムで決勝に進出。今大会14チームに与えられる東京2025世界陸上の出場権を獲得した。11日に行われた決勝では、エースのサニブラウン・アブデル ハキーム(26、東レ)、今季絶好調の鵜澤飛羽(22、JAL)を温存しながらも4位入賞(38秒17)。メダルにはわずか0.06秒届かなかったものの、日本チームの強さを改めて世界に示す大会となった。
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東京世界陸上でメダル獲得への鍵は“サニブラウンに頼らないチーム作り”
去年のパリオリンピック™、男子4×100mリレー決勝で4人の侍は約8万人の大観衆を沸かせた。1走の坂井隆一郎(27、大阪ガス)が好スタートを決めると、2走サニブラウンがエースの集まる区間で最速の8秒88で駆け抜け、3走桐生祥秀(29、日本生命)は区間2位の9秒16。一番で4走にバトンを渡したのはなんと日本だった。4走上山紘輝(25、住友電工)はバトンの受け渡しに少し手間取るも、粘りの走りで5位入賞。日本が金メダルに手の届く位置にいることを証明した。
だが、このオーダーは当初準備していたオーダーではなく、急改造を余儀なくされた一種の“賭け”だった。本来は、2走に自己ベスト10秒02を持つ栁田大輝(21、東洋大)を置き、4走はエースのサニブラウンで勝負する。1走から3走のバトンパスは日本の合宿で固め、海外で調整するサニブラウンの区間だけ現地パリで調整する算段だった。しかし、予選を走った栁田は本来の伸びのある走りをすることができず、予選区間最下位のタイムだった。日本は着順で突破することはできず、タイムで拾われる形で決勝を決めた。このままではメダル獲得が難しいと判断したコーチ陣は、エースのサニブラウンを2走に起用、1走から3走のバトンを白紙に戻す苦肉の策をとった。レース後、メンバー最年長の桐生は「正直なところ、ハキーム君に頼ってしまっている部分がある。僕もそうですし、しっかりと準備をしてそれぞれがレベルアップしないといけない」と口にした。メダルへの鍵は、“サニブラウンに頼らないチーム作り”だった。
リレー代表経験のない若手4人で掴んだ殊勲の4位
自国開催の東京世界陸上で6年ぶりのメダル獲得に向け、日本チームは今大会に2つの目的を持って臨んだ。
一つ目は、決勝に進み東京世界陸上のシードレーンの獲得。シードレーンを獲得できれば、世界陸上の予選で有利とされるセンターレーンを割り当てられる。予選を着順で突破すれば決勝でも有利なレーンを勝ち取り、メダル獲得に大きく近づく。そしてもう一つが、新たなリレー侍のデータ収集だ。誰がどの区間を走ってもベストなオーダーを組めるように、春に好調なメンバーに経験を積んでもらうと同時にリレーでの適正を計る。特に、今季200mで世界陸上の参加標準記録を突破している鵜澤は、初のリレー出走。鵜澤の走り次第では、東京世界陸上でも大きな戦力となる。
10日に行われた予選は、1走にサニブラウン、2走に愛宕頼(21、東海大)、3走に鵜澤、4走に井上直紀(21、早稲田大)のオーダー。エースのサニブラウンに加え、今季自己ベストを更新し日本グランプリシリーズの各大会を優勝している3人。いま日本が組めるベストなメンバーだ。
結果は今季世界最高タイ(予選当時)のタイムでパリ五輪金メダルのカナダに大きく先着、今大会の目的でもあった東京世界陸上のシードレーン獲得に成功した。区間タイムでは、1走サニブラウンこそ組4位に甘んじたが、2走愛宕は過去の日本チームの中でもトップクラスに匹敵する9秒02(組2位)、3走の鵜澤はなんと予選全体で区間最速の9秒18、4走井上は東京五輪200m金メダルのアンドレ・ドグラスよりも速い9秒10(組1位)で駆け抜けた。
サニブラウン以外は日本代表としてのリレーは初めてのレースだったが、全員がリレーでの適正を示す頼もしい活躍だった。レース後、サニブラウンは「今組めるベストなメンバーを派遣していただいたおかげで、一番バトンが下手だったのは自分なんじゃないかと思うくらいだった。決勝では金メダルしかない」と語り、4人の表情からはチームの雰囲気の良さと勢いを感じた。
決勝当日、日本はアクシデントに見舞われていた。当初、1走大上直起(22、青森銀行)、2走と3走は変えず、4走西岡尚輝(18、筑波大)のオーダーを想定し、日本での合宿からバトン練習を行っていた。しかし、日本で連戦をこなしてきた選手たち。予選でパフォーマンスを最大限に発揮したことで蓄積した疲労が、足の痛みや違和感へと変わっていた。
日本チームは急遽オーダーを変更、1走、2走は前日に走っていないメンバーで固め、後半区間は前半走者の勢いを借りて愛宕と井上に繋げる走順に。どの区間も今まで練習していない、まさにチャレンジのリレーだ。ウォーミングアップでは、18歳の西岡に鵜澤やサニブラウンなど、コーチ陣を交えて入念にバトンの渡し方を教えている姿があった。大会期間中、西岡はサニブラウンからかけられた印象に残っている言葉があるという。「どんな選手も始まりがある。どこかの試合をきっかけに、みんな世界へ羽ばたいていく」。日本のエースから、次世代の選手たちにバトンは繋がった。
ウォーミングアップを終え、各区間一本ずつバトンパスのテストを行った。全区間初めてとは思えないほどの仕上がりだったが、今大会初出走の大上と西岡の表情は硬く、遠めにも緊張感が伝わってきた。そんな様子を見た鵜澤は、不安を払拭するかのようにそれぞれに声をかけた。そして、荷物を持ってテントを出る頃には選手たちには笑顔が。「ぼくもまだ日本代表としては新参者だが、今回は日本代表チームが積み重ねてきた経験がすごく生きたと思う。この選手はこうだからこれくらいにしよう、とか。新しい人、新しい場所でもみんなが補って対応できる。それが日本チームの良さ」と鵜澤は話す。ウォーミングアップエリアの中央で円陣を組むと、大きな声をあげ試合に向かった。
漫画「ワンピース」のポーズで入場すると、広州の観客からどよめきに似た歓声が起こった。アニメ好きの鵜澤が考案したパフォーマンスだ。迎えた決勝、1回目のスタートがやり直しになり再び気持ちを整えようとする大上だったが、深呼吸をしようとしたところにオンユアマークのアナウンスがされた。「走ると決まってからは不安で仕方がなかった」という大上だが、予選のサニブラウンと大差ないタイムで走りバトンパス。2走の西岡は「正直なところ直前に足がつりそうになっていた」というハプニングがあり、最後はギリギリの状態で走っていたという。それでも、区間タイムはパリ五輪金メダルのカナダの2走を凌ぐタイムで、過去の日本代表と比べても大差ない9秒19。バトンも上手く渡り、愛宕は決勝で計測された区間タイムでは最速となる9秒35でアンカーの井上に繋いだ(優勝した南アフリカと6位ドイツの区間タイムは発表されていない)。
「後ろから愛宕が叫んでいるのが聞こえた」という井上は、持ち前のストライドと伸びのある加速で前のイタリアを捕らえるも、個人でもリレーでも五輪金メダルを持つカナダのドグラスに抜かれ4位。世界陸上、五輪の日本代表を一人も起用しないメンバーで大健闘の結果だったが、愛宕と井上は「クソー!悔しい」とトラックに想いをぶつけた。
先月、大学に入学したばかりの西岡は「大学に入りたての頃は、まずこの環境に慣れるということを第一に考えていたが、この大会を通して悔しい気持ちしかない。この悔しさは世界の舞台でしか返せない。世界陸上を本当に目指せるのかという想いだったが、絶対に自分が代表に選ばれて、この借りを返したい」と口にした。アンカーの井上は「走順もメンバーも変わった部分はありますが、ジャパンを背負っている以上メダルを獲れなかったのはすごく悔しい」と顔をしかめた。リレー初代表の4人のなかに、4位で満足するものはひとりもいなかった。
充実期を迎えた日本スプリント界 自国開催で目指す“6年ぶりメダル”
今大会、メダルには僅かに届かなかったものの、サニブラウンに頼らずとも世界で堂々と渡り合った。現場で指導した信岡沙希重コーチは「今回は世界陸上のシードレーン獲得と、新しい選手をどんどん使ってオーダーを試すことが目的だったので、十分すぎる成果を得られたと思う。6人で挑んだ世界リレーだったが、"誰が走ってもやれる"という空気感が出てきて、日本のリレーはこのレベルなんだということを世界に示せた」。同じく現場で指導した江里口匡史コーチは「連戦が続いていた事でイレギュラーなこともあったが、若い良いスプリンターが育っていることを証明できた。東京世界陸上に向けて良い一歩が踏み出せた」と話し、手応えを掴む大会となった。
日本には今大会に出場した6人の他にも、北京五輪を除く日本が世界大会で獲得したメダルの全てに出走している桐生祥秀や、日本選手権を2連覇している坂井隆一郎、今季100m日本最速の10秒09をマークしている栁田大輝と小池祐貴(30、住友電工)、今月追い風参考記録ながら初めて9秒台をマークした守祐陽(21、大東文化大)、復活が期待される山縣亮太(32、SEIKO)、多田修平(28、住友電工)など、若手もベテランも錚々たる面々が顔を揃える。
サニブラウンも「今大会で日本のどの選手が出ても世界と戦えることがわかった。東京世界陸上では、日本の皆さんに金メダルをお届けしたい」と自信をのぞかせる。東京世界陸上を控える2025年に充実期を迎えた日本スプリント界、国立競技場で大観衆の歓声を浴びる4人は、一体誰になるのかー。
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