
著名な画家になりすまし、次々と贋作を生み出してきた“稀代の贋作師”ベルトラッキ。その作品の中には、今も“ニセモノ”と見抜かれないまま、世界を漂流している絵画も存在するといわれている。ベルトラッキ氏が語ったのは、日本人画家・藤田嗣治との接点。その“人間性”を体に染みこませ、模倣することで、「藤田の贋作を2枚描いた」と告白した。日本人画家をも標的にしていた贋作師・ベルトラッキの正体に迫る。
【画像を見る】周囲も驚く出来 ベルトラッキ氏が10代の頃に描いたピカソの模写
「作品史の“空白”を見つけるんだ」世界を欺いた巧みな手法
Q.これはあなたの作品ですか?
ヴォルフガング・ベルトラッキ氏
「ああ、もちろんそうだよ。これも私が描いたものだよ」
2025年、日本で相次いだ“贋作”騒動。私たちは贋作を描いたとされる人物を追ってスイスへ。
その人物は悪びれる様子もなく語った。
Q.いままでで何人くらいの画家を描いた?
ヴォルフガング・ベルトラッキ氏
「120人くらいは描いたよ。描くことに魅力を感じるんだ。でなければ私の人生はつまらない」
“稀代の贋作師”と呼ばれるドイツの画家、ヴォルフガング・ベルトラッキ(74)。描かれた事実はあるものの、まだ見つかっていない作品を探し出し、その画家になりきって描く。
ヴォルフガング・ベルトラッキ氏
「私は決して“模写”はしない。作品史の“空白”を見つけるんだ」
「これはフェルメールの黄色だ。贋作を描くには、知識が必要なんだ」
狙った画家の作風を研究し、巧みに模倣。“新たに見つかった作品”として世界を欺いてきた。
Q.被害者への謝罪はしないのか?
ヴォルフガング・ベルトラッキ氏
「しないね。彼ら(被害者)は最高の作品を間違いなく持っているからね」
これまでベルトラッキ氏が描いた贋作は300点を超え、模倣された画家は120人に及ぶという。その中には、世界的に認められた日本人画家も含まれていた。
狙われた日本人画家 その贋作は今もどこかに
ベルトラッキ氏は、ふと思い出したかのように、こんな話を切り出した。
ヴォルフガング・ベルトラッキ氏
「これは君たちのために探しておいたんだ。当時、フジタの作品を描いた時に買ったものだよ。私は、モンパルナスで活動していた画家のほとんどの絵を描いたんだ。フジタもその1人だったよ」
藤田嗣治(1886〜1968)は、20世紀初頭、単身でパリに渡り活躍した日本人画家だ。
藤田の「繊細な輪郭線」。そして「グラン・フォン・ブラン」=“素晴らしき乳白色”とも称された色使いは、パリの人々に大きな衝撃を与えた。
ヴォルフガング・ベルトラッキ氏
「私は作品をよく観察し何度も見たんだ。彼はいつも明るい色合いの絵を描いて、こんな風にコントラストは、ほとんどないんだ」
ベルトラッキ氏は、藤田の贋作を描くため、何度もパリの画廊を訪れたという。藤田のゆかりの地も辿った。
ヴォルフガング・ベルトラッキ氏
「ほら、ここにも座ったよ。カフェ『ル・ドーム』。自分が座った椅子に、当時の画家が座っていたかもと想像したよ」
パリ・モンパルナス。かつてこの街には、世界中から若い画家が集まった。藤田は、ピカソなどとも交流があった。
藤田嗣治が通った店のスタッフ
「フジタ氏は、偉大な芸術家の友人たちと創造性を高めるために、当店をよく訪れていたようです」
ベルトラッキ氏は、画家たちが過ごした場所に足を運び、タッチを習得。雰囲気や空気感を体に染み込ませた。
「画家たちの人間性を理解することで、“完璧な贋作”へと繋がる」と話す。
ヴォルフガング・ベルトラッキ氏
「描いたのは2点。2人の女性や女の子の絵を描いたんだ」
藤田の贋作の所在は、今も分かっていない。
「画家のクセが見抜けるようになった」“画商”だった過去
“稀代の贋作師”は、どのようにして生まれたのか。
画家である父の影響で、幼い頃から絵を描く技術を身につけたベルトラッキ氏。ある日、ピカソの作品を完璧に模写し、周囲を驚かせたと言う。
転機となったのは10代後半。画商をしていたときのことだった。
いつしか「どんな絵画が売れるのか」。さらに「画家のクセも見抜けるようになった」と振り返る。
ヴォルフガング・ベルトラッキ氏
「家族から手紙がきたら、その筆跡で誰からか分かるだろ。絵を描くのも、それと全く一緒さ。画家がどのくらい時間をかけて、どう描くのかが分かるんだ」
画商としての経験が、思いがけず、ベルトラッキ氏を贋作師の道へと向かわせたのかもしれない。
2010年に詐欺容疑で逮捕され、翌年、裁判で有罪となったベルトラッキ氏。服役が終わった後も、ベルトラッキ氏の行為を許すまいと動く人たちがいる。美術犯罪を手がけるドイツのベルリン州警察の専門チームだ。
警察が明かす、ベルトラッキによる“偽装”の手口
ベルリン州警察 美術犯罪捜査班 ルネ・アロンジュ主任捜査官
「あれがベルトラッキの贋作です」
アロンジュ氏は、ベルトラッキ氏の事件の際に押収した贋作に残る“偽装工作の1つ”を明かした。
アロンジュ主任捜査官
「とても興味深い点があります。絵が透けて見えるんです。彼はキャンバスをこすり落として、絵をその上に描いたんです」
贋作をつくった流れはこうだ。まず作品がつくられたのと同時期の絵画を入手する。そして元々描かれていた絵を削り、その上に新たに絵を描いたとみられる。
アロンジュ主任捜査官
「この事件は欧州の犯罪史上において、最大規模の贋作スキャンダルです。“贋作の数”、“犯罪収益”、“転売による損害額”からも明らかです」
今も捜査を進める理由について、アロンジュ氏は「被害の拡大を防ぐためだ」としている。
アロンジュ主任捜査官
「裁判以降、新たに50点ほどの贋作が見つかっています。捜査を続けることは、新たな贋作を見つけ、所有者に絵画の足跡を伝える、事件の真相を明らかにするためにも、続けなくてはいけないのです」
これまでにベルリン州警察が、把握している贋作は、約100点。そのうち、30点以上の所在が分かっていない。今後もベルリン州警察は、各国の捜査機関とも協力し捜査を進めていく方針だ。
世界を漂流するベルトラッキ氏の贋作。今もどこかで「本物」として展示され、それを前に心を動かされている人がいるかもしれない。
ヴォルフガング・ベルトラッキ氏
「博物館で自分の贋作を見たよ。誰にも言わないけど。“知らぬが仏”なんだよ。芸術とは、“本物”で“価値”あると信じること。教会に行くのと同じさ」
「アート」「芸術」とは何か?巧妙な贋作が世界に問うこと
小川彩佳キャスター:
今も漂流している作品があるということで、私達は作品の何を見ているのか、作品そのものなのか、はたまた誰かが付与した価値なのか、など色々なことを考えてしまっている時点で、もうベルトラッキ氏の手のひらの上だなと感じます。
東京大学准教授 斎藤幸平さん:
「ベルトラッキ展」をやったら、多分すごく人が来て作品も売れるぐらい、彼の作品の持っている“ある種の魅力”が、一つのアートになりかけてるわけですよね。
思い出すのが、哲学で「ソーカル事件」という事件があったのですが、これは物理学者のニューヨーク大学の先生が、現代思想という難解な文章を書く学問を批判するために、数学などを織り交ぜて、でたらめな論文を書いたところ査読を通ってしまい、大事件になりました。
「結局、現代思想は何なのか」ということを問い直す大きなきっかけになったのですが、ベルトラッキ氏がやっていることも、「アートとは何か」という問い直しに一石を投じているかも知れないですよね。
藤森祥平キャスター:
ベルトラッキ氏は、今回取材したディレクターにも「フジタは白い色を際立たせるために、あえてベージュがかったキャンバスを使っているのではないかと私は見ているんだ」というような、専門的な話をしたそうです。
研究熱心でこれだけ腕があるのであれば、ベルトラッキ作で勝負したらいいのでは、と聞くと「それじゃ人生つまらない」と言うそうです。
東京大学准教授 斎藤幸平さん:
私もやってることがベルトラッキ氏と似ているな、と思うときがあります。マルクスのノートや手紙を読んで、「マルクスは、実は『資本論』の2巻と3巻をこう書いたのではないか」というような、空白を埋める作業を実際しているので、それが面白いことで、そこに価値があるんだという彼が最後に言っていたことは、わかるところがあります。
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<プロフィール>
斎藤幸平さん
東京大学准教授 専門は経済・社会思想
著書「人新世の『資本論』」
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