
プロ野球ドラフト会議が22日に行われる。大学屈指のサウスポーとして上位候補にあがる関西大学の米沢友翔(4年・金沢高)は、ある“試練”を家族と乗り越え「地元、両親へ恩返しができるように」とプロでの活躍を誓う。
大学の2学年先輩で4球団競合の末、中日に入団した金丸夢斗(23)を慕う米沢が一躍脚光を浴びたのは、6月の大学選手権。最速149キロの伸び上がるストレートと、抜群の制球力を武器に3勝をあげMVPを獲得。チームを54年ぶりの日本一に導いた。さらに大学侍ジャパンにも選出され、自身初の日の丸を背負った。
ここまで成長できたのは、家族に支えられ試練を乗り越えてきたからだ。石川県珠洲市出身の米沢は2年前の元日、帰省していた実家で能登半島地震を経験。立っていることすらままならない状況に「正直、“終わった”と思いました」と当時を回想する。小学6年生の時に建てられた自宅は「壁が剥がれたりひびが入ったり、食器が全部割れてしまったり」と足の踏み場がないほどの被害を受け、避難所になっていた小学校で三が日を過ごした。
「正直、野球のことは考えられなかった」と野球部復帰を諦めかけていたとき、両親の言葉に背中を押された。当時、両親は「(震災から)3~4日目に道路が開通するという情報が入ってきて、こっちはこっちでなんとかするから『もうお前は野球をしてこい』って」と言葉をかけたという。両親が地元に残って頑張るのなら、自分も野球を頑張らないといけない。米沢は覚悟を決め、野球部に復帰した。
両親の言葉に結果で応えたい。その想いとは裏腹に、大学2年時には肩、3年時には肘を痛め、野球ができない時期が続いたが「震災時の両親の言葉が消えることはなかった」と自らを奮い立たせた。迎えた大学最後の1年、マウンドに帰ってきた左腕は感謝をボールに込めた。春のリーグ戦で初勝利をあげると、勢いそのままに通算4勝をあげチームの優勝に貢献しMVPを獲得した。
震災以降、人口減少が続いている地元へ。そして背中を押してくれた両親へ。「自分が活躍して地元に少しでも元気を届けられるように。そしてお父さんとお母さんに恩返しができるように」と22日のドラフト会議に向けて力強く語った。
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