
「景気減速」「デフレ」「米中対立」「過剰生産」「邦人拘束」…。難しい、怖い、危ない。そんなイメージばかりが先行しがちな中国ですが、実際のところはどうなのか?長らく中国ビジネスに携わり、2023年4月から中国日本商会会長を務める本間哲朗パナソニックホールディングス株式会社 代表取締役副社長執行役員・中国北東アジア総代表に中国でビジネスをすることの面白さや今最も注目すべきポイント、さらに日中ビジネスの将来像について語ってもらいました。
【写真で見る】「中国市場から目を離すと世界で負ける」本間哲朗 中国日本商会会長が語る中国ビジネス最前線
後編は 気になる中国の「安心安全」、目まぐるしく変化する中国市場とどう戦うか、です。
(前・後編のうち後編。毎週水曜日に配信:JNN北京支局のポッドキャスト「北京発!中国取材の現場から」より抜粋・再構成。8月22日北京市内で収録)
心に残った共産党幹部の言葉
Q今まで会った中国の要人の中で印象に残った方はいますか?
本間会長
2019年に赴任したころ商務部の中国国際輸入博覧会(輸入博)を担当する王炳南副部長とお会いしたんですね。2回目の輸入博に多くの日本企業を招致するために東奔西走されていました。大変フランクなお人柄で、輸入博を国を挙げた大きなイベントに育てた大功労者だと思います。
あるときご自身の大学時代の話をされたんですが、家が少し貧しかったので全額奨学金で吉林大学に進学したと。当時の奨学金はひと月20元。それを節約して節約して使うと2ヶ月に2元余るんだと。この2元で仲間と犬鍋を食べて白酒を飲むのが本当に青春時代の楽しみだったという話を聞いて、私は相当びっくりしたんです。王さんは私とほぼ同世代です。文化大革命の後、大学入試が再開された第1巡目の方です。文化大革命の10年間、中国の教育機関は小学校から大学までみんな止まっていて、この10年間に当たった人は非常に気の毒なんですよね。
王さんは「貧しかった中国をここまで導いた中国共産党というものを自分は信頼しているし共産党のためにこれからも力を尽くしていきたいと思う」と話していて「なるほど、そういうふうに中国の方はお考えになるんだな」と私の中国理解を大変促してくれた方ですね。この40年の大きな変化を体現してきた方というのが私にとっては非常に記憶に残りました。
Q習近平国家主席とは会ったことはありますか?
本間会長
はい。2019年の輸入博開幕式にお見えになったんですね。その時遠くから見たのと、外国企業の代表とともに写真を撮って頂いたんですね。中国では一緒に写真を撮るっていうのは非常に政治的に重要な意味を持つんですね。その時一緒に撮った写真を多くの社員がとても喜んでくれたというのが印象深かったし、やはり総代表として率先してこういう機会を模索することが日本企業の在中国トップに求められていると強く自覚しました。
Q最近の日中関係は水産物の輸入再開や要人往来の復活など一定の改善傾向が出ているように見えますが、どのように見ていますか?
本間会長
よく日中間の交流が経済に偏りがちである、政治における交流が少ないんじゃないかというご指摘があると思うんですが昨年以降、国会議員の訪中も増えておりまして自民党の森山幹事長、公明党の西田幹事長、その他の野党の皆さんも与党議員交流団の方も頻繁に足を運んでくださるようになって、中国の現状を理解しようというスタンスが出てきたのは大変いいことだと思います。
ここへ来て中国のイノベーションに注目しようという機運が、日本側で盛り上がってきていると思います。日本のメディアがいろいろな中国のイノベーションを紹介してくれた成果じゃないかなと。
先日もロボット大会、たくさんのテレビが紹介してくれたし少し前は北京ロボットハーフマラソンも紹介していただいたんですけれども、やはりメディアが果たす役割も貴重だなと思いますね。いくらパワーポイントで説明しても皆さんあまり残らないんですよね、正直言って。やっぱり中国に来て、運転席に誰も乗ってないタクシーに乗ってみる方がずっと大きな効果があるので、これ見てくださいこれ経験してくださいと皆さんにご紹介しているんですけどね。
日本人学校の生徒数が10%減少…気になる「安心安全」
Q一方で懸案もあります。去年は蘇州で日本人親子が切りつけられたり、深センでは日本人学校に通うお子さんが殺されてしまう悲しい事件も起きました。つい先日も蘇州でお母さんが被害に遭う事件がありましたが、これが日本人が中国に来ることをためらう一因になっているのではと思いますがどう考えていますか?
本間会長
私たちも中国の中央政府地方政府とお話をするときに、単に安心安全っていう話をしても皆さん「それは当然やるよ」で話が終わっちゃうので「いや、安心安全な環境がなければ優秀な日本人社員を招くことはできないし、そのご家族が来ていただけなければ、さらに有能な人材を中国に招くことはできないんですよ」というふうに背景も含めてご説明しております。
今年4月時点で中国大陸の日本人学校の生徒数は前年に比べ10%強減ってしまったんですね。もちろん子どもさんの入れ替わりはあるんですけれどもやっぱり今回は明らかに帯同を中止するとか、おじいちゃんおばあちゃんが「帰ってきなさい」というので帰っちゃうとか、そういう方が増えていると。それは私たちの会社の事例を見てもそう思うんですね。やはりぜひ安心安全な環境と、日本人学校の充実した教育環境の拡充というのも私たち商会も多少なりともお役に立ちたいなと思っているところです。
Q中国側は要望をちゃんと受け止めているんでしょうか?
本間会長
どこの国も子どもを大事にすると思うんですけれども、中国の方は本当に子どもを大事にする傾向があるので深センの事件は非常に多くの方が心を痛められているというのもまた事実なんですね。その中でいかに成果を上げていくかということで、私たち商会も外務副大臣や中国地方政府に対し具体的な警備強化を要望したり、また国会議員の皆さんには苦しい懐事情の中、日本人学校の警備費用の積み増しを昨年度、今年度と認めていただいたんですね。官民挙げて中国で暮らす日本人、日本企業に勤務する社員の安全確保に努力しているというのは知って頂ければと思います。
Qもう一つはビジネスマンの拘束事件ですよね。先日判決が出たばかりですがこれもまた中国への駐在をためらう一つの理由になっていると思うんですがこの点はどう考えますか?
本間会長
今回の判決で中国の法律に違反したという結論が出てしまったわけなんですけれどもやはり私たち日本企業の従業員にとって困惑するのは「何がしていいことで、何がしてはいけないことかが今ひとつわかりにくい」という問題があると思います。
この点をもう少し一般市民にわかるようにかみ砕いてご説明いただくように両国政府の皆さんにお願いしています。先週も東京でそういうお話をして、何とか前に転がりそうな感じになっているので皆さんに安心していただけるメッセージが出せればと思っています。
ロボット価格が半年の給与以下…雇用減少の背景に「IT化とロボット化」
Q在留邦人減少の背景には安全面の他に中国のビジネス環境の変化もあると思うんですね。企業によっては現地採用を増やし駐在員を減らすなどの変化もあると思うんですがこの点はどう考えていますか?
本間会長
実は中国の会社は今どこも雇用を減らしにかかっていると私は思うんですね。要因は急速なIT化とロボット化です。ロボット価格がこの4年で60%下がったと言われておりまして単純作業をするロボットの価格はもはや労働者の半年分の給料もしないっていうのが今の中国の現状なんですね。
ちょっと日本の人にわかりにくいと思うんですけれども中国の経営者はロボットをどんどん買って工場の人を少なくすると判断していると思いますね。そこはやはり日本より中国の方が進みが早いかなと。
私たちパナソニックグループもこの6年で社員さんだいぶ減っているんですね。また優秀な中国の方が出てきて育ってくれば仕事を渡して駐在員は帰るというのもそれはごくごくノーマルなことかなと思うのと、加工貿易の分野などは必ずしも日本企業が自分で資本を出してその仕事をしなくても中国の会社にお願いして我々は検査だけすればそれでいいっていうパターンのビジネスもたくさんありますので、そういうことが相まって在留邦人が10万人を切る状況になっていると思うんですね。
消費は低調も、AI分野は好調…価格競争には「少しずらして真正面から戦わない」
Q在中国日本企業8000社を対象にした中国日本商会のアンケートでは景気は「少し悪化の傾向」というまとめでしたが、最近の中国の景気はどうでしょうか?
本間会長
5%程度の成長が実現していると報道されております。ただ私たちが思うに中国の成長の軸は地域的にも業種的にも大きな動きがあると思うんですね。今回のアンケートを詳細に拝見してもやはり地域ごとにかなりのばらつきがあったり、業種も伸びている業種よくなっている業種もあれば悪くなっている業種もあるということで、その二つの軸がダイナミックに動いているのが今の中国の特徴かなと。
私どもパナソニックグループの経験で言わせていただければ、生成AIサーバーに使うような電子部品や生産設備。それを作るいろんな部品。そういう部門は本当に激しく伸びている。一方、家電や住宅設備は前年を維持するのがやっと。消費がやや低調でいくつか重点的な分野で大きな成長が見られるというのが特徴だと思います。日本企業も成長するセクターに自分の体を寄せていく努力が欠かせないんじゃないかと思いますね。
Q中国国内は値下げ競争が激しくデフレ傾向にあると言っていいと思いますが、これは厳しい戦いですか?
本間会長
「中国式内巻競争」っていうんですけれども本当に破壊的価格競争がいたるところで繰り広げられてしまうというのが中国の特徴だと思うんですね。
私たち日本企業、外国企業はそこに正面から挑みかかるよりは「少しずらす」ということが私は大事じゃないかなと思っておりまして、私たちの家電製品でもデザインで少しずらすとか、機能で少しずらすとか、どう真正面から戦わないか、それでいかに成長を確保するかっていうのがこの国で生き残るひとつのコツかなと思います。内巻競争のいいところもあるんですね。それは私たちが仕入れる原材料や素材が安く買えるっていうことなんですよ。やはり徹底してそういうものを活かす態度が必要だと思うしそのためには意思決定の現場をこっちに持ってこないと日本企業は厳しいんじゃないでしょうかというお話をよくさせていただいています。
Q米中対立も関税競争も激しくなっていますが影響はどうでしょうか?
本間会長
今回のアンケートを通じてはっきりしているのは国際関係の変化が自社事業に影響を与えているという回答は少ないですね。これはやはり第1次トランプ政権の経験で非常に多くの在中日本企業が中国で作ってアメリカに出すというビジネスを縮小しているというのは言えると思います。ただ中国のお客さんがアメリカ向けの商売をしていてそれが沈むということはやはりあるんじゃないでしょうかね。
「AI」「自動運転」「高齢化」…中国市場から目を離すと世界で負ける
Q中国でのビジネス、難しさもありながらもこれからも中国は大事な市場であり続けると思うのですが?
本間会長
今、中国のGDPは日本の皆さんにとってはあんまり愉快じゃない数字だと思うんですけれども日本のGDPの5倍の規模があるんですね。ありとあらゆるところで厳しい競争が繰り広げられ、優秀な企業が育ち、そうでない企業が没落していくサイクルが回っている。日本企業も中国市場から目を離してしまうと本当に世界で負ける可能性があると思うんですね。
パナソニックでは「チャイナコストはグローバルコスト、チャイナスピードはグローバルスピード」「中国で負ければ世界で負ける」とよく言うんですけれどもそういう観点でこの国のイノベーションを見つめることは大変大事だと思いますね。
Q中国のビジネス、これからの注目点はありますか?
本間会長
やはり生成AIの分野ですね。私たち在中外国企業にとって一つ頭が痛いのは私たちは本国のAI技術にアクセスできないんですね。従って中国のライバルがどんどんAI技術を使う中で私たちもこちらで技術を調達して自分たちをブラッシュアップしないといけないということになっています。また中国の社会全体もアメリカに負けないでAIをやるんだと、DeepSeekが出た頃から本当にその勢いが強まっているんですね。従ってこの周辺というのは非常に面白いかなと思います。
また自動車関連は電動化に続いて自動運転の分野でも中国のベンチャーが本当に大きな動きを見せていて、世界に変化をもたらすんじゃないかと私は思っています。
また弊社の場合はやはり中国の高齢者が増えるという点にとても注目しています。私は1961年生まれですが、私と同い年の人がこの国には2600万人いるんですね。従って前後4学年で1億人いるんです。今後4年に1億人ずつ高齢者が増えるっていうのがこの国の先が読める未来なんですね。60代の人は比較的自分にお金を使います。私たちは江蘇省で高齢者用の大規模住宅開発をしたんですけれども、ほぼ同じものを40ヶ所で今展開しております。そういう新しい変わり目に注目して、日本が高齢化先進国として磨いてきた製品やサービスをお届けするというのも私はひとつのあり方だと思っています。
変化の半歩先を読み、挑戦するマインドを忘れずに…「日に新た」な感覚で中国を見よ
Qビジネスパーソンとして中国と向き合うことの難しさや面白さがあったら教えてください。
本間会長
創業者の松下幸之助が大事にした言葉に「日に新た」という言葉があるんですね。「先入観を捨てて、物事を素直にとらまえないと失敗するよ」っていう意味だと私たち後輩は受け止めているんですけれども中国でビジネスをする上で私がすごく注意しているのはこの「日に新た」という感覚を忘れないことですね。
今の日本社会はとても安定していてあまり変化しない社会だと思うんですね。その日本から中国を見ると「何でそんな毎日毎日目先の変わったことを言うんだ」と思われちゃうんですけども現実に中国では毎日変化が起きる。その変化を素直にとらまえて、対策を立てていかないと生き残れないと思いますし、私たちは常に中国の変化の半歩先を読んで、挑戦するマインドを忘れないようにしないといけないなと。
私が非常に力強く思っているのは、こういうマインドは中国の人にとっては普通なんですね。生まれてこの方ずっと変化してるわけですから慣れているんです。この環境に日本人を放り込むと日本人も慣れて、先入観を持たずにどんどん新しいことに挑戦する若い日本の世代が育ってきています。そういうところに私たちはこの中国でビジネスをする、また異なる意味を見出しているんですけどね。
Qこれから中国でビジネスをしたい人、中国のことを学びたいという、特に若い人たちに何かメッセージがあればお願いします。
本間会長
「百聞は一見に如かず」という言葉があります。ぜひ中国に来て、見て、感じて、中国の変化と日本の現状を見比べたときに私たちが何か吸収すべきことはないかというのを感じていただければと思います。
今大阪‐上海、そして東京‐北京の間では日に20往復の航空便が出ていて、安いチケットだったら新幹線で東京‐大阪を往復するより安いんですよね。中国の人にとって東京や大阪に行くのはもう国内出張の感覚になりつつあると私は思います。ですからぜひ日本の人も中国出張はもう国内出張、国内旅行の延長線、という感覚で中国に来ていただければいいんじゃないかなと思います。
Q日本と中国は将来どういう関係であってほしい、と思いますか?
本間会長
遣唐使以降1500年に渡って続いてきた交流が途絶するはずがない、というのが私の感覚なんですね。ご縁があって薬師寺、唐招提寺に行かせていただいてお坊さんとお話する機会をいただいたんですけれども、薬師寺、唐招提寺っていうのは本当に約1500年前に建立された当時の姿を今日に残しているんですね。
実は中国は古いものを残すのがとても下手くそな国です。地面に埋まっていた兵馬俑以外、1000年以上前のものはほとんど残っていない。私たちが今暮らしている北京も600年以上前のものはほぼないんですね。日本人の方が古いものを大事にする、そして古いものを改善することに長けていると思うんですね。
一方で今のIT時代はちょっと日本人の保守性っていうのが悪い方に出ていて、何でもかんでも新しいものが好きっていう中国の方が向いている。そういう時間軸なんじゃないかっていうのが私の勝手な仮説なんですけれどもその両方の良いところを掛け合わせて、さらにアジアの発展、そして世界の発展に日中両国が協力し合ってできる余地は必ずあると思うんですね。
日本はこれから人口が減る難しい時代に入っていくんですね。従って日本社会のスピードをもっと上げないといけないし、日本社会のコストをもっと下げないといけない。そして我々日本企業も今と同じ製品開発のボリュームを維持しようと思ったら自然と外国の人と一緒に仕事をしないと回らないんですね。そう考えると私は中国というのは欠かせないピースなんじゃないかと思って行動しています。
Q最後にリスナーの皆様にメッセージがあればぜひお願いします。
本間会長
先入観に惑わされることなく、今日の等身大の中国に触れて、見ていただくということをしていただければ、これに勝る喜びはありません。
(音声配信でお聞きになりたい方はポッドキャスト「北京発!中国取材の現場から」で)
聞き手
JNN北京支局長 立山芽以子
JNN北京支局カメラマン 中野陽
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